閑話 日本国 公立中学2年生 社会科授業 バブみ編


日本国 某都道府県 某中学校 社会科授業



 どこにでもある公立中学校。

 お昼休みが終わり、5時限目の授業が始まる。

 科目は社会科、絶妙に眠気が湧き上がる教科である。

 そのクラスの社会科を担当する教員が教室に入った時、始業時間を少しだけ過ぎてしまっていたためか、生徒達は皆、行儀正しく席についていた。

 多少、周りの者同士でおしゃべりをしていたが、その程度は目くじらを立てるべきことではない。

 むしろどちらかと言えば教員自身が僅かな時間とはいえ、授業に遅刻してごめんねというべきだろう。


「――きりぃぃつ!、ちゅぅもぉぉく!!、れいっっっ!!!、ちゃくせぇぇぇきぃ!」


 教員が教卓に着いたことを確認した日直の生徒が、無駄に気合の入った掛け声で号令を行った。

 今日の日直は一味違うぞ、教員は目を血走らせながら気合十分の日直を見て、背筋がゾクゾクした。

 教員がPC立ち上げに気を取られたふりをして日直から目を逸らす。

 目を逸らしても感じる日直からの強烈な視線に、教員はお尻の谷間が汗でじんわりと湿っていくのを感じた。


「えー、今日は前回の続きで国際社会の概要、特に各国の政治的立ち位置や国家間の関係を説明しようと思ったんだけど……」


 教員は授業の出だしを話しているが、話の途中で言葉を切って俯きがちに影を作る。

 普段とは違う不穏な様子に、生徒達も眠気を消して教員の様子を慎重に窺った。


「無理でーす!

 ダンジョン戦争で滅茶苦茶になり過ぎて、教科書と全然違いまーす!!

 この授業に意味なんかなーい!」


 教員は白目をむきながら両手の人差し指を天へと突き上げて己の無力さを晒した。

 突然の豹変についていけない生徒達は、思考停止状態のままポカーンと眺めるばかりだ。


「そもそもさー!

 日仏連合ってなんだよっっ!?

 いきなり湧いて出てきたじゃん!!」


『ぅう、ト、トモメ殿……

 拙者、もう降り、たい……』


 教員の声と屋外から聞こえる生中継中のダンジョン戦争の音声が重なる。

 ふと生徒の一人が窓の外を見上げると、戦闘機映画のような迫力で巨大航空機AC-4Gが縦横無尽に大空を駆け巡る映像が流れていた。

 いつものぐんまちゃん視点での操縦席からの映像では何が起こってるか分かりにくいし、画面酔い必至なことを考慮した次元管理機構の細やかな気遣いが表れていた。

 今夜はぐんまちゃんスレが熱くなるな、と思いつつ、自身のPCディスプレイに視線警告が出たので視線を教員に戻す。

 西暦2045年の教育環境は授業中のよそ見を許さない。

 生徒達からは秘密警察みたいともっぱらの評判だ。

 

「しかも本来の同盟国の東南アジアやオセアニアの国とは別組織になってんじゃん!

 えっ、これ同盟関係持続してるよね?

 日本の地域覇権崩壊してない!?」


『トモ、メ、どのぉ……

 ト、トモメェェ……!!』

 

教員の心中を代弁したかのようにNINJAの絶叫が聞こえた。

 ちなみに教員の最推しはNINJAである。

 ロリッな金髪美少女がドツボにハマったようだ。


「元々の国際関係は、超大国アメリカを中心に各地域覇権国家が各地域を統括、空白地域のアフリカは緩く分割されていたんだけど……!

 ダンジョン戦争でうちのぐんまちゃんがかき回した結果、微妙に群雄割拠になっちゃってるんだよね!

 アメリカの世界覇権なんてとっくに崩壊してまーす!!」


 教員の言葉と共にディスプレイに映し出された世界地図が、様々な色に色分けされる。

 人類同盟、国際連合が目立つものの、日仏連合、親同盟諸国、親連合諸国、自由独立国家共同戦線、アフリカ連合、島嶼諸国連合、自由アジア諸国共同体、新興独立国家協定、汎アルプス=ヒマラヤ共同体。

 世界地図は随分とカラフルになっていた。


「しかも国境が分断したせいで各国の状況もわかんないし、ダンジョン戦争が終わって国境が解放されたら国家崩壊してましたとかありそうだし?

 それに最近はダンジョン戦争が終わったら、第4次世界大戦が起きるっていう噂も流行ってるしね!」


『――ぅぅぅ……!』


 今度は高嶺嬢の声に切り替わる。

 大空に浮かぶ中継映像には、タイト・ローリング・ループを決める曲芸飛行と並んで、真っ青な顔で口元を押さえながらもひたすら目の前のモニターを見ながらトリガーを引き続ける高嶺嬢が映っていた。

 

『ぅうーーー!!!』


「そもそも日本の状況も変わり過ぎなんだよねー。

 開戦当初のどん底ダイブを除けば、戦後最高の経済成長の真っ最中だしなぁ。

 君達、今年のGDP成長予想のニュース見た?

 20%って頭おかしいよ。

 先進国が出して良い数値じゃないって……」


 そう言って頭を抱える教員に生徒達の何割かは不思議そうな顔をした。


「ああ、いまいちピンときてなさそうだね。

 つまり、来年には日本のGDPは900兆円だったのが、20%の180兆円増えて1080兆円になるってことだよ。

 ついに日本経済は人口1億3000万人でありながら1000兆円の大台を突破したってわけだ」


 教員の言葉に生徒達は喜色を浮かべてオー、と感嘆の声を上げた。

 しかし、教員の顔には喜びの色がなく悲しみすら浮かんでいた。

 一人の生徒がそれについて突っ込むと、教員は悲しそうに応える。


「日本が躍進してるのに、なんで私がげんなりしてるかって?

 ……教員ってさ、公務員なんだよね。

 普通の会社員は良いよ?

 だって業績上がったらボーナスとかで貰えるしさ?

 でもね、教員はどんなに日本の景気が良くなっても、基本的に給料変わんないんだよね……

 ボーナスは夏冬2回の計4ヵ月でずっと固定されてるし、昇給は毎年4号給で8000円くらいだし……

 まあ、経済成長が続けばベースアップしてくれるけど、それにも時間かかるし……

 不景気の時は安定してて良いんだけどねぇ……」 


 生々しい教員の給料事情に生徒達が気まずげに教員から視線を逸らす。


『オオオオオオオオオォォォォォォォォォ!!!

 図に乗ったなっっ!!?

 泥人形風情がァァァァァァァァ!!!』


 外では敵らしき存在がガチギレしていた。

 それは教員の切ない給料事情に対する怒りの慟哭のようだ。


「会社員は良いよなぁ。

 戦争が始まってから航空産業、自動車産業、造船業が報酬用の製品作りで大盛況だし、その材料の製鉄業や化学工業もバブルだしよぉ。

 波及効果で食品メーカーやら製紙業すらバブルってるってなんだよ!?

 夏の賞与が平均12.9ヵ月とかバブりやがって!!

 年収2倍じゃねぇか!!」


『オオオオオオオオオォォォォォォォ!?

 小賢しい真似をしおってぇぇぇぇぇ!!!』


『高嶺嬢、白影、準備は良いかな?』

『ッ……!

 ッ……ッ……!!』


「バブみ感じてんじゃねぇぞ、オラァ!!」


『ヘイヘェェェゥゥゥヴォォォロロロロ!!!』

『ゥゥゥ、ゥゥ……ゥゥゥゥヴォォォロロロロロロロロロッッッ!!!』


『オオオオオオオォォォォォォォ!!!???

 泥人形ォォォォ!!??

 きたなァァァァァァ!!!???』

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