閑話 日本国 公立中学2年生 社会科授業 各国GDP編
日本国 某都道府県 某中学校 社会科授業
どこにでもある公立中学校。
お昼休みが終わり、5時限目の授業が始まる。
科目は社会科、絶妙に眠気が湧き上がる教科である。
そのクラスの社会科を担当する教員が教室に入った時、始業時間を少しだけ過ぎてしまっていたためか、生徒達は皆、行儀正しく席についていた。
多少、周りの者同士でおしゃべりをしていたが、その程度は目くじらを立てるべきことではない。
むしろどちらかと言えば教員自身が僅かな時間とはいえ、授業に遅刻してごめんなさいというべきだろう。
「――起立、注目、礼、着席」
生徒達は教員が教卓に立ったことを確認すると、その日の日直が号令をかけて普段と変わらぬ挨拶を済ませる。
教員が教卓に搭載されたPCを立ち上げながら改めて生徒達を眺めると、彼らの目は等しく死んでいた。
きっと眠いんだろうな。
成長期の彼らにとって、食後のこの時間に起きていることは苦痛以外の何物でもない。
「えー、今日は前回の続きで国際社会の概要、特に各国の国力、まあ、GDP、国内総生産だね。
そう、各国のGDPについて説明するよ」
教員が授業の出だしを話している間に教卓のPCが立ち上げを完了して、教室の正面に設置された大型ディスプレイに資料として世界地図が大きく表示された。
同時に、生徒達の机に搭載された仮想デュアルディスプレイの片側に同じ資料が表示される。
仮想ディスプレイは、正面から見ている使用者以外からは視認され辛いため、教員からは生徒達全員が虚空を眺めているというシュールな景色が見える。
「まず、前回の授業の復習だけど、第三次大戦後にできた新たな国家の枠組み、要はGDPによる国家のランク付けだな。
当時は差別だなんだと言われたみたいだが、まあ、今となっちゃあどうでも良いか。
現在の世界の構造をテストに出るところだけ簡単に説明すれば、世界は超大国、地域覇権国家、列強という3つのグループに属する国家が主導している」
教員がそこまで話すと、ディスプレイに映し出されていた世界地図が、いくつかの国家を3種類の色で塗りつぶした。
AI技術による授業内容に沿った資料のリアルタイム修正機能だ。
「超大国は見ての通り1ヵ国しか存在しないよ。
アメリカだね。
これはもう常識過ぎてテストにも受験にも出ないし、むしろ知っていることが前提で問題は作られるから、知らない人がいたらちゃんと覚えといてね。
超大国は世界全体に影響を及ぼす国際社会のリーダーだよ。
ちなみに他の国からは程度の差はあれど嫌われてるよ」
赤色で塗りつぶされたアメリカ合衆国が地図上で点滅する。
「アメリカのGDPは凡そ29兆$、確か今は1$が100円くらいだったから、日本円だと2900兆円だね」
教員が2900兆円という言葉を出すと、それまで魂が抜けきった様子で授業を聞いていた生徒達が、おー、と声を揃えて反応した。
半分眠ったような状態でも、2900兆という途方もない金額には反応してしまうようだ。
「第三次大戦で主要都市が核テロで蒸発しちゃったから一時期は低迷してたけど、徐々に盛り返していって今じゃあと少しで3000兆円の大台だもんなぁ。
よっぽどのことがない限り、超大国はアメリカが50年くらい居座ると思うよ」
2900兆円から話がそれた途端、生徒達の興味は失われた。
「はは、じゃあ、次は地域覇権国家だね。
これには日本も含まれていて、他にインド、ドイツ連邦共和国、ロシア連邦、ブラジル連邦共和国の5ヵ国で構成されてるよ。
全世界とまではいかないけど、周辺地域……例えば日本だったら東アジアや東南アジアだね。
そう、周辺地域に根深い影響を持った大国だね」
教員の説明が超大国から地域覇権国家に移ると、地図上に青色で塗りつぶされた日本、インド、ドイツ、ロシア、ブラジルの5ヵ国が点滅しだす。
同時に、その周辺地域が薄っすらと点線で囲まれた。
日本だと一部東アジアと東南アジア、オセアニア。
インドだと南アジアと一部西アジア。
ドイツだとヨーロッパの西側諸国。
ロシアだと中央アジア、一部東アジア、ヨーロッパの東側諸国。
ブラジルだと南米諸国。
「地域覇権国家の各GDPは日本が900兆円、インドが850兆円、ドイツが600兆円、ロシアが500兆円、ブラジルが450兆円。
そうなんだよ、地域覇権国家と一口に言っても、国によって2倍くらいGDPに差があるんだ。
ちなみに数年後はインドが日本を追い抜いてGDP第2位になるだろうね。
こればっかりは人口の差でどうしようもないよ。
だってあいつら22億人以上いるんだもん」
各国のGDPとインドの人口を聞いて生徒達が、おー、と再び同じ反応を返す。
恐らく眠すぎて脊髄反射で反応しているだけだろう。
「で、次が列強だね。
列強は全部で6ヵ国、GDP500兆円の中華人民共和国、430兆円のイギリスとフランス、400兆円のイタリア共和国、350兆円の中華民国、最後が320兆円のメキシコ合衆国だね」
地図上に緑色で塗りつぶされた6ヵ国が点滅する。
しかし、一部の生徒達は教員の説明を聞いて、納得いかなそうな顔をした。
「あっ、やっぱり気づくよね!」
ようやく得られた比較的に知性を感じる反応に、教員のテンションが少しだけ上げる。
「そうなんだよ!
列強の中で最大のGDPである中華人民共和国は、地域覇権国家のロシアと同じだけのGDPを持ってるんだ!
なんだったらブラジルよりも50兆円多いし、普通に考えて中華人民共和国の方が地域覇権国家じゃん、て考えるよね?」
ここで教員は少しもったいぶる。
しかし、その態度が駄目だったのか、先ほどの反応を示した生徒達は
「あっ……」
即座に気付いた教員のテンションがこの日の底値を記録した。
「うん、これには両国の政治的立ち位置や歴史的経緯が絡んでくるんだ。
GDPが並んだところで、中華人民共和国はロシアに勝てないんだ。
軍事力とか政治力とかね。
しかも中華人民共和国って日本とロシアとインドの3ヵ国の地域覇権国家に囲まれちゃってるから、地域覇権国家として自前の勢力圏を作りたくても、戦争して奪い取らない限りそんな地域残ってないんだよね」
地図上の中華人民共和国は北をロシア、東を日本、南をインドに抑えられており、東西南北全ての国が、いずれかの地域覇権国家の勢力圏だった。
見事に拡張の余地がない閉塞国家となってしまっていた。
「その点、ブラジルは北にやべぇのがいるけど、南米大陸で身の程を弁えながら勢力圏を作ってるんだ。
だからブラジルは中華人民共和国を差し置いて地域覇権国家に入っているよ」
教員はそこまで言い終えると、一人の生徒に目を止めた。
その生徒は目を開けているが、先ほどから微動だにせず、瞬きすらしていない。
「まさかこいつ、寝てるのか……!?」
この日、人生で初めて目を開けたまま寝る人に遭遇した教員のテンションは、年内最高値を記録した。
これはダンジョン戦争が起こる少し前の、どこにでもある些細な日常である。
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