第七十二話 潰れた双玉

「――あーあ、なんだあれ」


 視界一杯に広がる一面の赤。

 柱状台地に取り残された30名の探索者達、彼らの頭上に浮かぶ絶望の象徴だった敵の空中要塞。

 威容を誇っていたそれは、今やその身全てが赤黒い炎に包まれていた。

 炎による熱波は空中要塞から数千m離れているはずの彼らにも届き、高地ゆえの寒さに震えていた彼らが今度は汗ばむほどの熱気に苦しんでいる。

 この尋常ならざる光景を目にした探索者の誰もが、この光景を作り出した首謀者を思い浮かべることができる。

 あの全身黒尽くめのNINJAならやりかねない。

 そこまで分かっていながら、この光景を自身と同じ人間が作り出すことができるものなのか、判断ができなかった。

 末期世界第3層で目にした炎を司る神ですら、同じ事象を起こすことはできないのではないだろうか。


「空中要塞に突入して1時間も経ってねぇなぁ」


 呆然と見上げる探索者の一人、自由独立国家共同戦線が誇る最強の一角、ハッピー・ノルウェー草加帝国スティーアン・ツネサブロー・チョロイソン。

 彼からはいつもの気概は感じられず、ただ頭上の光景に呆然と魅入っていた。

 

「1時間どころか30分も経っていないぞ」


 スティーアンと並ぶ最強の片割れ、ルクセンブルク大公国ウォルター・アプルシルトンが、痛ましく腫れあがる変色した片腕を垂れ下げながら、憮然とした様子でスティーアンの発言を訂正する。

 

「そうかぁ、そりゃあすげぇなぁ……?」


 スティーアンは赤い光景から視線を外さないまま、ウォルターの言葉に応えるが、その様子は明らかに普段の彼とは違うものだった。

 なんだかんだでダンジョン戦争初期からの付き合いであり、関係も深いウォルターはその変化を敏感に気づく。

 こいつ、何かおかしい。

 延々と燃え盛り第二の太陽と化した空中要塞を望む彼の様子は、まるで何かに取りつかれた者、心が折れた者、魂を引き込まれし者、気概を失った者、神を見てしまった狂信者、隠居した老人、目の前の壁を諦めてしまった挑戦者。

 直後に、そう言えば元からテンションの浮き沈みが激しい奴だったな、と勝手に納得するも、それでも気にかけてやる程度には情が湧いてしまっている。


「スティー、大丈夫か?」


 戦友を気遣うウォルター。


「あー?

 あぁぁ……」


 しかし、スティーアンの返事は気のないものだった。

 ウォルターはため息一つ、スティーアンの背後に回る。

 そして足を振り上げ、思い切りケツを蹴り上げた。


「――――」


 運命の女神は残酷だ。

 もしくは、それは運命ではなく、片腕を痛めたまま無理な姿勢で実行したことによる必然だったのか。


「オゥフ……」


 横目で二人のやり取りを眺めていたジャマイカの探索者アサファ・マンリーは思わず中腰の姿勢になる。

 ウォルターの蹴り上げた足の爪先は、ああ、なんたる悲劇だろうか。

 残酷なことに、狙いが外れて、スティーアンのツネサブローに直撃してしまった。

 身長182㎝体重80kgを誇るスティーアンの頑強な肉体がゆっくりと力を失って崩れ落ちる。


「すまん……」


 ウォルターの謝罪だけが、空しく響いた。

 取り残された探索者30名の内、24名を占めていた重傷者のリストに1名が追加された。


バラララララララッッ……


 遠くから、回転翼特有の風切り音が耳を打った。







国際標準時 西暦2045年8月29日11時13分

末期世界第4層

国際連合 司令部



『末期世界 において 第4層の解放 が達成されました

 【日本 フランス ルクセンブルク ハッピー・ノルウェー草加帝国……詳細】 が達成しました』



「……まさか本当にやり遂げるとはな」


 自身の端末に表示された階層攻略完了の文字。

 その画面を眺めながら、それでも信じられない様子で国際連合ブラジル連邦共和国ギリェルメ・ミランダ・フェルナンデスは、思わずため息をこぼした。

 

「だから言ったはずです。

 彼らの実績を考えればこの程度はやってのけることでしょう」

「ああ、それは分かっている……いや、分かっているつもりだった、か」


 この偉業を達成した日仏連合の実績を目にしながらも、どこかで彼らを実績故に三大勢力の一つに数えられてはいるが、所詮は2ヵ国だけの少数勢力と侮っていたのかもしれない。

 ギリェルメは自覚なき偏見を悔いるように再びため息をこぼした。

 だが、三大勢力の一角である国際連合首脳部の一人であり、世界に5ヵ国しか存在しない地域覇権国家の探索者であるギリェルメに、自省のために立ち止まるなんて贅沢は許されない。

 

「だが、これを想定して手は打っている。

 芽吹きを期待した種も蒔き終わっている。

 あとは育てて、刈り取るだけだ」

「……」


 国際連合は人類の最大勢力である人類同盟と、お互いを潜在敵国として認識し合っている。

 ダンジョン戦争では各国の国境線が完全に閉鎖され、その結果、ヒト、モノ、カネ、あらゆる分野で国際秩序が完全に破綻した。

 戦後に国境線が解放されたとしても、その混沌は解決せず、悪化するだけだろう。

 第四次世界大戦は確実に勃発する。

 人類同盟よりも加盟国数、国力、戦力に劣る国際連合。

 そこに属する各国が大戦を生き残るには、手段を択ばぬ勢力拡張が唯一の道である。

 今更、こうべを垂れて同盟の軍門に下っては、祖国の凋落は避けられない。

 破滅を回避するために、国際社会の支配者階級である地域覇権国家から転落することなんて耐えられない。

 そんなことあり得てはならない。

 許されるべきではない。

 否定されるべき選択肢だ。


「この戦争が終わるまで、まだ時間はある。

 日仏連合とて早期終息は望んでいない」

「…………」


 連合にはまだ足掻けるだけの時間は残されている。

 残されていないのなら無理やりにでも作る。

 そして、その時間を使って勢力を拡張する。

 全ては戦後に起こる第四次世界大戦での破滅回避のために。


「力を付けねば、食われぬために……」


 国際連合は、人類同盟が存在する限り、拡張を義務付けられている。

 そこに手段を選択する余裕はない。


「そうね、勢力を取り崩し、呑み込んでしまいましょう。

 公女様のお友達を食べたとき、どんな顔をするかしら……?」

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