第六十八話 上野群馬専用機【AC-4G】


 巨大な格納庫の中にそれは存在した。

 目を覆うほどの巨躯は暗いグレーで塗装され、見るものすべてを威圧する。

 幅広の翼には4発の巨大な発動機がぶら下がり、轟々と暖機運転を始めていた。

 のっぺりとした腹部からは大小32本の鉄筒が禍々しく突き出している。


「――また、これですか……!」

「乗れよ公女、俺の愛機だ」


 機械帝国第4層でも活躍してくれた日本が誇る局地制圧用攻撃機AC-4。

 しかし、この機体は前回使用したAC-4とは一味違う。

 翼下に増設されたパイロンには片側12基の33式極超音速誘導弾を搭載し、胴体各所に新設された多数の重機関砲はさながら第二次大戦期の重爆撃機を彷彿とさせる。

 32口径120mm無反動砲2基、35mm機関砲4基、20mm機関砲18機、70mm墳進弾発射装置8基、33式極超音速誘導弾24基という空飛ぶ弾薬庫と化しちゃったこの機体の名はAC-4Gグンマ

 機械帝国第4層におけるAC-4の活躍を見て興奮しちゃった世論に後押しされた開発元の川岬重工が、AC-4を元にダンジョン戦争で俺が操縦するためだけに作り上げた一点物の芸術品。

 発動機を重巡航管制機E-203と同等品に積み替えたことにより出力を2倍以上に引き上げ、電子装置も全面的に促進して空中管制機能も大幅に強化された。

 一発でも被弾すれば即座に空中爆発を起こしかねない頭の可笑しい超重火力、操作性を一切無視した馬鹿げた推力と操縦過敏性、被弾を前提とする攻撃機に被弾が一切許されない空中管制機能を付与するという暴挙。

 日本国探索者である上野群馬の操縦技能に全てを託し、日本政府と川岬重工が突貫で送り出した上野群馬専用機。

 故にG《グンマ》。

 調達費用は改修元のAC-4の450憶円と比較して実に8倍近い3550憶円。

 ダンジョン戦争中の人類において、運用中の機体としては最も高価な機体である。


「ヘイヘーイ!

 なんだかトゲトゲしてますねー!」


 既に臨戦態勢に入っている高嶺嬢が、下手な小国の国家予算よりも高価なAC-4Gを見てテンションを上げている。

 前回の攻勢では結局出番がなかったので、今回はいつもよりヤル気に満ち溢れていた。

 

「久々のぐんまちゃんとのドライブ、楽しみです!」

 

 ルンルン気分の高嶺嬢が待ちきれないとばかりに軽やかなステップでクルリと回った。

 どうやら末期世界第3層で白影と仲良く二人できたねぇ噴水を作ったことを、すっかり忘れているようだ。

 思い出させなくちゃ、と使命感が湧き上がってきた。

 心のギアが一段階上がったことを感じた。


「まさか私たちまで動員されるなんて……

 これも人間革命への試練なのかしら……?」

「マルタ騎士団、総勢1名、参陣!!」

「女は度胸!

 何でもためしてみるのさ」


 機械帝国第4層で味わった空中体験を思い出して恐れ慄いているシャルロット公女、彼女の後ろに控えていた3名の探索者が公女と同じようにAC-4Gを見上げながら口々に感想をこぼす。

 彼女達は昨日の攻勢でツネサブローの誘いに乗らず、人類側司令部で大人しく待機していた公女派閥に所属する筋金入りの後方支援担当の3名だ。

 ツネサブローの同胞であるハッピー・ノルウェー草加帝国女性探索者ヒルデ・エグミ・タコスケ。

 マルタ共和国の女性探索者であるダフネ・ヴィーラ。

 リヒテンシュタイン公国の女性探索者であるマリア・フロンメルト。

 この3名が現在、公女が動かせる全戦力だった。

 今回の攻勢において、前回同様この根拠地に置いてきぼりにしたら国際連合が変なちょっかいをかけそうだったので、ガンナー役として彼女達も連れていくよう俺が公女に指示した。


「ヒルデ、ダフネ、マリア……戦闘に向かない貴女達を戦場に連れていくことを許しなさい。

 今は一人でも多くの力が必要なのです」


 本当は引き抜き対策なのだが、公女が良い感じの理由で説明している。

 こういう時、公女は相変わらず演技がかったように話す。


「御仏の加護におすがりするしかないですね……

 でも大丈夫です……こう見えて私、副白百合長なので……」

「マルタ騎士団に弱兵無し!!

 いざ地獄の荒野を駆け抜かん!!」

「うれしいこと言ってくれるじゃないの。

 それじゃあとことん喜ばせてやるからな」


 公女の言葉に応える3名を背景に、24体の従者ロボが続々とタラップを通ってAC-4Gに乗り込んでいく。

 今回の攻勢では、召喚獣の太陽神ソルディ♂眼窩オービットをお留守番にさせて、現在保有する全ての従者ロボを動員している。

 

「……トモメ殿、随分な大判振る舞い、良かったのでござるか?」

 

 いつの間にか俺の隣に控えていた白影が、格納庫に広がる景色を見て俺に問いかけた。

 格納庫にある機体はAC-4Gだけではない。

 AC-4Gの背後には広大な格納を埋め尽くさんばかりに並べられた日仏連合の無人機が、甲高いタービン音を響かせながら暖機運転を行っている。

 この格納庫だけではない。

 既に外部の滑走路には、この格納庫にある無人機を軽く上回る数の機体が暖機運転を完了させて待機している。

 

「最近、友人達が小細工をするようになった。

 前からやっていた気もするけど、近頃はそれが少し鬱陶しい。

 俺達日仏連合はたった2ヵ国、たった3人の小さな勢力でしかない。

 友人達は、どうやらそのことで勘違いしてしまったようだ」


 俺の言葉を聞く白影は、何も言わず、ただ続きを待っている。

 俺の言葉を聞こえちゃった公女は、ぴしりと硬直して微動だにしないが、少し震えていた。


「今回の攻勢は地上戦力を除いた日仏連合の全力出撃だ。

 身体の大きな友人も随分と力を入れて準備しているらしいが、ここは一つ、先に全部食べてしまおうじゃないか」

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