第六十七話 澄み切った青空に浮かぶ空中要塞の下で

国際標準時 西暦2045年8月29日9時00分

末期世界第4層

空中要塞近隣


「――ぅぅ、ぃてぇ……」

「グゥゥ……助けは、まだ……」

「くそ……っ、くそ……」

「アッー……」


 そこかしこから苦痛を耐える呻き声が聞こえてくる。

 空中要塞の砲撃による輸送機墜落を辛くも生き延びた自由独立国家共同戦線、自由アジア諸国共同体、島嶼諸国連合に所属する30名の探索者達。

 彼らは未だに火の手が消えることなく炎上中の墜落地点を離れ、空中要塞出現の余波でめくれ上がった岩盤の陰に身を隠していた。

 墜落地点から離れているとはいえ、狭い柱状台地の上から逃れる術はなく、石油臭い黒煙が墜落の衝撃で重傷を負った探索者達を包んでいた。


「ゲホッゴホッ……一晩中こんな煙を吸ってると法力も離れちまいそうだぜ」


 ハッピー・ノルウェー草加帝国のスティーアン・ツネサブロー・チョロイソンが、常に周囲を漂う黒煙により顔を黒く染めて咳き込んだ。

 周囲にはケガを負って動けない探索者が力なく地面に寝そべっている。

 持ち込んだ物資は全て燃え盛る輸送機の中であり、身に着けた装備品以外は毛布一枚すらない。

 スティーアンは持ち前の強靭な身体能力が幸いしたのか、多少の傷はあれど行動に支障はなく、ここでは数少ない健常な探索者だった。


「スティー、無駄口を叩くな。

 この煙のお陰で天使共の目を誤魔化せていると言っても良い」

「へっ、そりゃあそうだろうが、こうも煙いと、な」


 ルクセンブルク大公国のウォルター・アプルシルトンが、例に漏れず黒煙により顔を黒く染めながら、愚痴をこぼすスティーアンに小言を言った。

 彼の片腕は痛々しく腫れあがっており、ダラリと重力に逆らうことなく垂れ下がっていた。

 明らかに骨が折れている様子だが、ウォルターは持ち前の精神力で痛がるそぶりを見せることなく仏頂面を張り付けている。

 

「しっかし、よくもまあ、これだけ生き残ったもんだ」


 ウォルターの小言を全く聞いていないのか、スティーアンが言葉を続けた。

 彼の言うとおり、減速していたとはいえ時速数百kmは出ていた輸送機の墜落事故にしては、重傷者こそ多数出たにせよ死者が一人も出なかったのは驚くべきことだ。

 そもそも輸送機が僅かに残っていた柱状台地の上部に落ちたことも奇跡的だし、地上にいたテンジン達6名の探索者がひき潰されなかったのも台地の広さを考えると奇跡だろう。

 さらには墜落した後、輸送機が燃え上がる前に機内の全員が脱出して、ある程度の距離を取れたことなど、神に愛されていると言っても良いほどだ。

 もちろん、それには理由があるのだが。


「それもこれもアサファのお陰だな」

「スティー、無駄口を叩くなと言っているだろう。

 まあ、アサファに関しては同意するが」


 彼らはそう言って地べたに腰を落として座り込んでいた一人の男に目を向けた。

 肩まで伸ばしたこげ茶のドレッドヘアーと艶のある黒い肌が特徴的な逞しい肉体を持つ男、ジャマイカの男性探索者であるアサファ・マンリーはニカリと歯を見せて応える。

 薄暗い黒煙の中でも目立つ総金歯がギラギラと輝いた。


「兄弟、俺がしたのはただの手助けSA……

 死人が出なかったのは全員が全力を出した結果だYO」


 そう言ったアサファの表情は大きなサングラスに隠れて分かり辛いが、たぶん優しい表情だろうなぁ、とスティーアンとウォルターの二人はフィーリングで受け取った。

 輸送機の墜落時にアサファは、彼の装備である『障壁の祝福』と『精霊の守り手』を使用して探索者達を襲った墜落の衝撃を弱めていた。

 彼の貢献がなければ、地面に横たわっている重傷者の面々は今ここにいなかっただろう。

 ちなみにテンジン達6名が生き残ったのはただの運である。


「どっちにしろ俺達の悪運もそう長くは持たねぇだろうがな」

 

 スティーアンはアサファの隣に腰を下ろしながら空を見上げる。

 そこに広がるのは青い空と視界の大部分を占める敵の空中要塞。

 一面が黒色の材質で覆われた円錐状の下部が、地上を照らす太陽を覆い隠していた。

 その周囲をゆっくりと回転する光輪が二重に取り囲み、20個の空中砲台が幾何学模様を鈍く輝かせながら浮遊している。

 それらを見上げる彼らは今でも、圧倒的物量を誇った国際連合の空中艦隊を数分で消滅させた空中要塞の威容を容易に思い起こすことができる。

 あれを見せられたら、救助がすぐに来るなんて幻想は抱きようもない。

 そして命に係わる怪我を負っていない彼らはともかく、動くことすらままならない重症者達に、救助を待つ時間は残されていないだろう。


「兄弟、悪いことは口に出さない方が良いYO。

 どんな時でも諦めない、下じゃなく上を向こうZE」


 アサファがジャラリと純金のネックレスを揺らしてサムズアップした。

 ギラギラの金歯も剥き出しにして笑顔を作っている。


「アサファ、お前……ラッパーみてぇな見た目して全然ラップっぽく言わねぇよな。

 語尾だけそれっぽくしてるだけじゃん」

「ちょっ……!?

 スティー!

 黙れ!」


 スティーアンの歯に衣着せぬ言葉に、ウォルターが慌てて制止した。

 しかし、予想に反してアサファは気分を害した様子はなく、困ったように目じりを少し下げる。

 もちろんサングラスで彼の目じりは二人には見えないので、スティーアン達からしたらただの無表情だ。


「俺、ラップ全然知らないんだよNE」

「えー意外!」


 アサファ・マンリー21歳、戦前に通っていた大学での専攻は英文学。

 オペラとクラシックをこよなく愛するシェイクスピアの大ファンである。

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