第六十六話 便所会議

国際標準時 西暦2045年8月29日1時30分

末期世界第4層

国際連合 司令部


 深夜にもかかわらず煌々と照明に照らされた国際連合の司令部、その一室には複数の人影があった。

 その部屋は名目上は多目的トイレとなっており、プライバシーの観点から祖国への生放送の対象範囲外となっている。

 部屋の隅には剥き出しの様式便座が鎮座していた。

 敵本拠地に対する日仏との合同攻勢が大敗に終わり、損害のまとめ、補給と整備の調整、所属人員への指示など敗戦処理を終わらせて集まった国際連合幹部の面々は、そのほとんどが疲労の色に染まっていた。


「皆、ご苦労だった。

 疲れているところだろうが損害の報告を頼む」


 国際連合の元首であるアレクセイ・アンドーレエヴィチ・ヤメロスキー、彼が音頭を取って会議が始まる。

 

「報告します。

 今回の作戦において我々連合は4個戦闘航空連隊、4個爆撃航空連隊の合計864機の無人戦闘爆撃機S-80ソルダットを投入しました。

 その内、帰還できたのは第101、102戦闘航空連隊の174機のみ。

 帰還機の内、27機が修理不能により廃棄処理、最終的な生存機数は147機、損失機数は717機、作戦生還率17%。

 残存した機体の整備は本日28日14時には完了予定です」

「…………」


 覚悟はしていたが、それでもあまりの損害に室内の空気がより一層重くなる。

 連合が保有する戦力は今回の攻勢に投入したものが全てではなく、今回投入していなかった戦力を含めると、未だに400機を超える戦闘爆撃機を保有している。

 しかし、それはなんの慰めにもならない。

 今回の作戦で連合が失った戦力は、中堅国家の空軍力を軽く凌いでしまうほどの大きさだ。

 如何に連合が巨大だからといっても、簡単に済ませてしまえるものではない。

 

「まさか第4層となった末期世界があのような兵器を保有していようとは……」


 ロシア連邦と並ぶ地域覇権国家であるブラジル連邦共和国のギリェルメ・ミランダ・フェルナンデスが、それまでの階層とは明らかに次元の異なる兵器の登場に思わず愚痴をこぼす。

 当初、連合内では末期世界第4層の戦力評価は、第3層で確認されたガンニョムに準ずる大きさをもつ有翼の巨人や階層ボスだった炎神を基に評価していた。

 その過程において、無数の浮遊砲台や不思議リングをもつ空中要塞なんて、想定すらしなかった。

 想定したのは第3層では地上で登場した有翼巨人が、もしかしたら飛ぶかもね程度だ。

 それ故に、今回の損害は連合にとって予想すらしなかった想定外の損害だった。


「済んでしまったことは仕方がない。

 日仏が戦線を下げたとしても、もとよりあそこで我々は攻勢を続ける予定だった」


 アレクセイが無理やり損害を納得させるように言い切った。

 彼自身、日仏連合指導者である上野群馬からの作戦終了の提案を蹴ってまで、そういう予定だったとはいえ作戦続行を強行した負い目がある。

 これ以上この問題を深堀してしまうと、自身の責任問題になりかねなかった。


「損害の補填と戦力拡張の計画は?」


 アレクセイは損害の話はこれで終わりとばかりに話題を切り替える。


「報告します。

 今回の作戦で発生した損害の補填、および敵空中要塞攻略のための軍備拡張として、無人戦闘爆撃機S-80ソルダットを2130機新規に調達する予定です。

 この計画が達成された場合、連合は12個戦闘航空連隊と12個爆撃航空連隊を保有することになり、人類同盟の空軍力すら上回り人類最大の航空艦隊を有することになるでしょう」


 報告された壮大な計画に、重苦しい雰囲気に包まれていた室内で感嘆の声がそこかしこから聞こえてきた。

 人類最大の航空艦隊という単語は、それを保有するための莫大な予算にさえ目を瞑れば、彼らの自尊心を刺激するのに十分な魅力を秘めていた。


「24個の航空連隊か、随分な大風呂敷だ。

 だが、今後の戦闘を考えれば決して過剰なものではない。

 良いだろう、それで進めてくれ。

 異論はあるか?」


 アレクセイがその場にいる面子に視線を向けるが、誰も反論はしないまま人類最大の航空艦隊の編成予算が承認された。

 

「表の話はともかく、公女派閥取り崩しの件はあのような結果に終わってしまったが……」

「一部の不満を持った者を暴走させるところまでは上手くいったのですが……」


 アレクセイの声に応えたのは中華人民共和国の男性探索者であるファン志玲チーリン、今回の合同攻勢の裏で行われていたもう一つの作戦を差配していた男である。

 

「一部を暴走させて敵地に孤立させ、窮地に陥った彼らを我々が救出してシャルロット公女の求心力を低下させる、か」

「はい、自ら公女の意向に逆らうことで自立を促し、窮地に公女が救援に向かえぬことで不満を増やし、公女の無力さと我々の戦力を強調して比較させて連合加入の利を強く自覚させる。

 公女が直接統率する自由独立国家共同戦線は無理でも、統制の緩い他の2勢力に関しては、この階層で取り込む予定でした」

「まさか、あんな暴走をされるとは、な」


 元々、派閥の長であるシャルロット公女と、自分達の境遇に不満を抱いていた幾人かの探索者を煽って暴走させたのは国際連合である。

 もちろん、連合が直接かかわった証拠はなく、あくまでも公女傘下の探索者が暴走して勝手に連合の機材を使用したことになっている。

 更にはツネサブローをはじめとする残りの公女派閥の探索者達、彼らを輸送機に紛れこんでいたのも連合が裏で糸を引いていた。

 そうでなければいくら人員不足だったとしても、爆撃機の爆弾倉や作戦行動中の輸送機内部に忍び込むなんてできなしない。


「ええ、せっかく手の込んだ仕掛けをしたというのに、輸送機を道連れに死んでしまうとは、なんとも投資甲斐がありません」

「残りの3人に関してはどうなっている?」

「そちらはもう、手を入れています。

 公女殿下は余程敵討ちにご執心なようで、残った3名に全く注意を払っていないので……」


 黄の言葉を聞いて、アレクセイは満足そうにうなずいた。

 国際連合は最大の敵対組織である人類同盟に対抗するため、人員の拡大が最重要目標となっている。

 それが彼らにとって最も優先されるべき事項であった。

 他のありとあらゆる要素を無視してでも。

 国際連合の勝利こそが、国際連合にとっての正義である。

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