第六十四話 哀しき怪物ソリティアおじさん

 崩壊しかけた柱状台地に黙々と立ち上る黒煙が、微妙に細部が分かり辛い解像度でディスプレイに映し出されている。

 空中管制機の中は線上にいるにもかかわらず、圧し潰されそうなほどの重苦しい沈黙に包まれていた。

 公女派閥は自由独立国家共同戦線、島嶼諸国連合、自由アジア諸国共同体の3つの国家連合によって構成されており、総数23ヵ国34名の探索者によって構成されている。

 だというのに、最初に空挺降下した6名を含めると合計30名、所属探索者の実に9割近い人員が黒煙の中にいるわけか。

 残されたのは公女と3名の後方支援要員だけ。

 公女派閥、終わったな。

 派閥の長である自由独立国家共同戦線の指導者シャルロット・アントーニア・アレクサンドラ・エリザべード・メアリー・ヴィレルミーヌ・ド・ナッソー第一公女は、微妙な解像度のディスプレイ越しに黒煙を眺めながら、茫然自失のまま静かに涙で頬を濡らしていた。

 悲しみでシャウトするのかと思ったら、予想以上に静かに泣かれたせいで触れにくい

 悲しいけれど、まあ、人生ってそんなものだよね。

 一方、折角築き上げた数百基の戦闘爆撃機による一大航空艦隊が、たった数分の戦闘できれいさっぱり溶けてしまった上、12憶5000万$の輸送機が新興宗教家からハイジャックに遭ってそのまま墜落してしまった国際連合元首アレクセイ・アンドーレエヴィチ・ヤメロスキー。

 彼は有り金全て溶かした挙句、住居、衣服、戸籍など全ての持ち物を根こそぎ失って逆に清々しくなっちゃった意識高い系ホームレスのような雰囲気を醸している。

 先ほどから人工知能搭載型量子コンピューターを使ってソリティアしかやってない。

 24万の対空目標と16万の対地目標を同時に探知処理できる第5世代量子コンピューターでソリティアをやったのは、おそらくこいつが世界初だろう。

 こうして社会にまた一人、ソリティアおじさんという哀しき怪物が生み出されてしまったのか……


「……観測兼無線中継用の無人機も敵の空中砲台による第二派の砲撃で撃墜されてしまった。

 もう彼らとの通信は繋がらないし、彼らの無事を確認する手段もない」


 傷心の公女に追い打ちをかけるようで気が進まないが、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 今はまだ空中要塞に動きはなく、空中砲台も砲撃を行う様子は見せないけれど、いつ動くかは分からないし、俺達が空中要塞の動きを認識している以上、あちらもこちらの存在を認識していると考えるべきだ。

 俺達が乗っているE-203重巡航管制機は非武装の早期警戒管制機でしかなく、周囲の戦力は戦線を下げさせていた日仏連合の2個戦闘航空連隊と1個爆撃航空連隊しか存在しない。

 連合の2個戦闘航空連隊と4個爆撃航空連隊を数分で屠った空中要塞相手では、白影がいると言ってもいささか厳しいだろう。

 叶うことなら、敵が追撃してこないうちに人類側根拠地に撤退して第二次攻勢の準備を始めたい。

 あの空中要塞は長々と時間をかけて良い相手じゃない。

 時間をかけるほど敵の防御は堅くなり、俺達の損害は指数関数的に増えていく。


「っ、そんな、それでは取り残された彼らが!?

 せめて生存確認の無人機の派遣をっ……!」


 沈んでいた公女が俺の言葉に撥ねるように反応し、再度の偵察機派遣を希望する。

 ツネサブロー達を乗せた輸送機は、運が良いのか悪いのか、テンジン達6名の探索者が取り残されていた崩壊しかけの柱状台地に墜落した。

 失速していたとはいえ、普通に考えて生存は難しいよな。

 だって黒煙立ち上っちゃってるもの。

 墜落炎上確定じゃん。

 墜落を奇跡的に生き残っても、その直後の機体爆発は無理だろう。

 その近辺にいるテンジン達も巨大輸送機の墜落に巻き込まれては生き残るのは難しい。

 狭い柱状大地の上では逃げ場は極めて少ない。

 それでも、公女は彼らがどうなったのか、確認したいんだろうな……

 気持ちは分かるけどね。


「無駄だ。

 観測範囲に辿り着く前に、空中砲台に撃墜される未来しか考えられない。

 それに、下手に刺激してこちらに牙が向くのは避けたい」

「ウボォー……」


 俺の意見にアレクセイも口を半開きにしながら同意してくれた。

 彼の顔は未だにソリティアが映るモニターにしか向けられていない。

 いつ現実に戻ってきてくれるかな?

 白影なら空中砲台による砲撃も潜り抜けられる可能性もあるが、流石にまだ全容を理解できていない空中要塞に単騎駆けはさせられない。


「た、確かにその可能性はありますが……

 妾は、それでも――」


「――ヘイヘーイ!!

 ぐんまちゃーん!

 私の出番はまだですかー?」

 

「キャァァァァァァァァァァァ!!!???」


 食い下がる公女だが、その言葉は合図があるまで隠れて待機するのに我慢できず管制室に入室してきちゃった高嶺嬢に遮られてしまった。

 高嶺嬢インしたお!

 日仏連合による抜け駆け作戦が露呈した瞬間である。

 ちなみに直後の悲鳴はアレクセイだ。

 ふふふ、やっと現実に戻ってきてくれたね!


「よーし、今日はもう帰るかー」


「っ、そ、そんな……!

 そんなぁぁ……!!」


「えっ!?

 そんなぁ、ぐんまちゃぁんぅ……」


 帰るまでに高嶺嬢がいる言い訳を考えとかないとなぁ……

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