第六十三話 公女派閥消滅の危機

『うぉぉぉぉ!!

 今行くからなぁぁぁぁ!!!』


 スピーカーから流れるツネサブローの声と共に、レーダー図上で1機のIl-36輸送機が加速しながら敵の空中要塞へ向けて進んでいく。

 状況から考えて、どんな方法を使ったのかは分からないが、あの輸送機にツネサブローたちが乗っているのだろう。

 恐らくアレクセイの差し金だろうけど、一連の陰謀を仕組んだ当の本人は、空中要塞により一瞬で3個連隊が消滅したことに魂を持っていかれている。


「いけません!!

 もう無理ですわ!!!

 すぐに反転しなさい!!!」


 公女の方は高貴さをかなぐり捨てた絶叫をマイクに叩きつけている。

 ツネサブローの性格を考えると、彼女がどう言ったところで止まることはないだろう。

 とは言っても、垂直離着陸能力(VTOL:Vertical Take-Off and Landing)を持たない世界有数の巨人機で助けに向かったところで、崩壊しかけた柱状大地に取り残された人間をどうやって回収するつもりなんだ?

 空中要塞からの迎撃が奇跡的に全くなかったとしても、ツネサブロー達だとヘリを使用しない限りは回収なんて無理だろう。

 まさか巡航速度M1.15で突っ込んでくる巨人機に飛び移らせるわけにもいかないはずだ。


『あいつらとは同じ戦場で戦った仲だ!!

 姫さんの頼みじゃなくても、見捨てるなんてできねぇよ!!!』

「頼んでませんわよ!!?」


 やかましい公女から目を離し、大型ディスプレイに移る空中要塞に目を向ける。

 先ほど連合の航空部隊を薙ぎ払った空中砲台が再び光を蓄え始めていた。

 生き残った連合の104戦闘航空連隊が、なけなしの空対空ミサイルをありったけ発射する。

 しかし、空中要塞を取り囲む二重の光輪から不思議な波動が発生すると、空中要塞に向かって飛翔していた数十発のミサイルが一斉に爆発した。


「わお」


 現実離れした光景に思わず声が漏れる。

 いよいよもってファンタジーっぽさがでてきたなぁ……

 今回、俺達日仏連合は蚊帳の外感あるし、このまま推移を見守って、公女派閥が大量の人員を失い、国際連合が戦力の過半と権威を喪失するのをのんびり待つのも悪くはない。

 だが、それをやってしまうと最大勢力なのに無傷な人類同盟の一人勝ちになってしまうし、なにより公女に投資してきた3兆円を超えるODAを回収する見込みもなくなってしまう。

 手間暇かけて公女派閥をグレートゲームに参加させるために育ててきたんだし、ここでそれがお釈迦になってしまうのは金銭的損失も勿論だけど感情的にも忍びない。

 それに現実問題、人類同盟と国際連合への対抗馬としては公女派閥が最有力候補、それを潰すのは日仏連合の戦略目標である世界バラバラ化計画にとって看過することはできない。

 いざという時のために作戦空域内に滞空させていた白影を使えば、空中要塞の迎撃を潜り抜けて回収も可能だろう。

 彼女は高嶺嬢の規格外なパワーの陰に隠れがちだが、筋力値は何気に18と、探索者の中でもトップクラスを誇っている。

 6名の探索者、重さにして500kgくらいなら頑張れば運べるはずだ。

 ここは公女に可能な限り恩を着せるタイミングで話を持ち掛けたほうが良いな。

 タイミングが早すぎると、救いの手を嗅ぎつけたアレクセイから連合残存戦力の撤退支援を頼まれかねない。

 探索者達の人命第一を理由に断るつもりだが、裏取引とか仕掛けてきそうで面倒臭い。


『――こちら自由アジア諸国共同体テンジン!!

 敵の基地が突然盛り上がって空に浮かんでいる!

 地面も崩れて俺達だけだとどうにもならない!

 頼む、助けてくれ!!!』


 先ほどまで通信が途切れていた降下した6名の探索者の1人であるテンジンから、強硬に撤退指示を無視していた態度からは考えられない救援要請が届く。

 言わんこっちゃない。

 公女としても、今更そんなこと言われてもどうしようもないだろう。


「……こちらHQ、こちらから可能な支援はありません。

 繰り返します、こちらから可能な――」

『応っ!!

 任せろ!!

 俺とウォルだけじゃねぇ、同じ戦場でお前らと一緒に戦った仲間が全員来てるぜ!!!

 全員だっっっ!!!』

「――はあ?」


 ツネサブローの聞き捨てならない言葉に、公女が貴種らしからぬ呆然とした表情で反応した。


『姫様!!

 後方支援の者を除く全ての探索者、自由独立国家共同戦線12名、自由アジア諸国共同体3名、島嶼諸国連合9名、総数24名が御身と共におりますぞ!!』

「はあぁっ!!?」


 公女の忠臣であるウォルターが、公女派閥の戦闘系探索者を根こそぎ連れてきちゃったことを告白する。

 公女も思わず本気の『はあぁっ!!?』だ!

 人類側拠点に残ってるのは、ここにいる公女を除けば自由独立国家共同戦線の3名だけか……

 あの輸送機が落ちたら下手をしなくとも公女派閥消滅だな。

 これはヤバいね!


「あっ」


 そうこうしている内に空中砲台のチャージが完了してしまったようで、ディスプレイに移る空中砲台が再び強く光った。

 作戦空域に残存していた連合の航空戦力がレーダー図から一瞬で消える。

 アレクセイの瞳から光が消え、FXで有り金全て溶かす人の顔になった。

 なんだか『ぬ』と『ね』の区別がつかなそうな顔だな!

 カッコイーッ!


「なあ、公女、取り残された探索者はこちらで救助するから、あの暴走輸送機を止めてくれないか?」

「グ、グンマ、貴方、あの方々を回収できるのですの!?

 何故今まで黙っていたんですの!!?

 い、いえ、今はそんなことより、では、あの方々の救助は任せてよろしいんですの!!?」


 公女が俺に掴みかかって念を押してくる。

 俺の言葉が信じられないようだけど、今は取れる手段がなく俺に頼るしかないのだろう。


「ああ、すぐに彼らを白影に回収させる。

 だからほら、さっさとあの輸送機を撤退させて」

「あっ、そうか、アル姉様……!!!」


 どうやら公女は白影の存在をすっかり失念していたらしい。

 NINJAにしては珍しく忍んでいたからね、仕方ないね。


「ウォルター、スティーアン、取り残された探索者の救助はアル姉様が行います!

 だから貴方達は今すぐ引き返し――」

「あっ」


 公女が無線を伝え終える前に、空中要塞から風の奔流が放たれた。

 風を見ることなど本来ならできないはずなのに、あまりにも凄まじい奔流は一筋の線として竜巻のような大気の歪みをはっきりと映し出した。

 極小に凝縮した嵐のような奔流は、巨大な輸送機の片翼を最初からそこには何もなかったかのように消失させる。


『メーデーメーデー!!!

 機体のコントロールが利かない!

 翼を片方、持ってかれたっ!!?』


 空中砲台が放つ光線とは毛色の異なる風を用いた砲撃、ここの階層ボスによる攻撃か。

 第3層は炎を纏った炎神だったけど、第4層は風を操る風神って奴なのか?

 まあ、そんなことはともかくとして――


「――Il-36輸送機、墜落」


 グッバイ12億5000万$、そして公女派閥消滅の危機である。

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