第六十二話 空中要塞

「ツネサブロー!?

 ツネサブローじゃないかっ!!!」

『げえっ、腹黒!?』


 テンションが爆上がりした為に思わず公女の持っていた通信用マイクに身を乗り出して近づいてしまったのか、ツネサブローは俺の声が聞こえたようで可愛い反応をしてくれた!

 なんだかんだ彼とは雑談する機会がないので、これをきっかけに日本人としては怖いもの見たさで話してみたい気もするけれど、今は流石に自重して公女に譲るとしよう。


「……妾とスティーアンで態度が違い過ぎませんこと?

 まあ良いですわ、今は」

『――どくのだ、スティー!

 姫様、私もおりますぞー!』


 公女がしょうもないことにこだわった結果、ツネサブローから公女の相棒であるウォルター・アプシルトンに通信先が変わってしまった。

 ツネサブローに並ぶ戦力であるウォルターまでいるということは、公女派閥の主力がこの辺りまで進出してきているということか。

 だが、地上から数千mもの高さを誇る断崖絶壁の上に築かれた敵の本拠地には、航空輸送以外で向かうのは現実的ではない。

 そうなると彼らが乗っている輸送機が近くにいるはずなのだが、レーダー図にはそれらしき航空機は存在していなかった。


『姫様、敵地に取り残された者達を連れ帰れば良いのでございましょう?

 貴女の忠実な臣たる私にどうぞお任せあれ!』

「いけません!

 彼の地は本当に死地なのです!

 貴方達がどこにいるのかは分かりませんが、できる限り敵の本拠地から離れなさい!!」


 折角6名の聞かん坊を連れ戻すと言っているのに、公女は彼らの提案を却下した上に敵本拠地から離れろと言った。

 これはもはや敵本拠地の厄ネタっぷりを証明したようなものだ。

 ウォルター達を避難させるのは良いんだが、敵本拠地周辺空域で絶賛戦闘中である600機近い国際連合航空部隊はこのままで良いんだろうか?

 航空機の機動性なら敵本拠地のギミックが発動した後でも、十分に逃げ切れると考えているのか、それとも別の考えがあるのか……

 

「テンジン、貴方も先ほどの通信は聞こえたはずですわ!

 貴方達は敵地のど真ん中で孤立した決死の状況です!

 今すぐその地から退避しなさい!!」

『――ここまで来て何もせずに逃げ帰れるかっ!

 連合による空爆の被害はここから見えるだけでも甚大だ。

 今なら天使達も混乱しているし、そこにチャンスがある」

「そんなものありませんわ!

 6名の奇襲ではどうにもできません!

 どんなことでも命あってこそですわ!!

 いいからつべこべ言わずに逃げなさい!!」

『――大国の背中を追うことしかできぬ不覚人が!

 現状に対し何とも思わんのか!?

 配下を率いて私達の後に続く程度が何故できんのだ!!』

『姫さん!

 水くせぇことは無しだぜ!

 このアホ共を引きずってでも連れていくから安心しろ!!』


 やばい、全員が同じチャンネルで話しているせいか、通信が混乱しつつあるな。

 このままだと公女の指示が誰にも伝わらない。

 これで全員死んだら本気で笑えない。

 今まで公女に投資してきた分が全て吹き飛びかねないぞ。

 確認のためにアレクセイを見ると、奴は厭らしい冷笑を浮かべていた。

 うわっ、アレクセイの陰謀ってやっぱりまだこれの続きあるんだ。

 国際連合は探索者6名程度では食い足りないらしい。

 欲張りさんめ!


「全員今すぐ逃げなさい!!!

 貴方達全員は本当に死にたいのですか!!?」


 公女がマイクに向かってシャウトしたちょうどその瞬間、空気が変わった。


「……おや!?

 本拠地の様子が……!」


 思わず声が出た。

 アレクセイと公女も俺と同じものを感じたようだが、その反応は全く異なる。

 面白くなってきたと言わんばかりに口角を吊り上げるアレクセイ。

 一方の公女は顔から血の気が一斉に引いて、元から透き通るように白かった肌が、病的なほどの青白さに変ってしまっていた。

 ああ、本当にヤバいんだな。

 公女の反応を見て、それまで想定の中の存在だった敵本拠地への危機感が、ストンと心に落ちて納得してしまった。

 たぶん、あの6人、死んじゃうね。


『――な、なんだ!?

 どうなっている!!?』

「あぁぁ……そんな……

 遅、かった」

『姫さん!!

 敵の基地がなんか変だぜ!!』


 無線機のスピーカーから聞こえる絶望的な声が機内を満たし、偵察用の無人機が撮影した映像が映る大型ディスプレイには、敵の本拠地がゆっくりと上昇していく現実離れした光景が流れている。

 本拠地の上昇に伴って、元々の大地は地盤をめくり上げながら轟音を重く響かせて崩壊していく。

 幸いにも彼の地に降り立った6名がいる場所は、未だに崩壊を免れているが、それも時間の問題だろう。

 むしろ、山が崩れ落ちるかのような様を間近で見せられながら、逃げ場がなく自分達の番を待ち続けるのは拷問とも言えよう。

 公女が死地と言っていたが、大地が完全に崩壊するなんて誰も思わない。

 アレクセイもここまでの規模は流石に想定外だったのか、先ほどまでのにやつきは息を潜めて頬を引くつかせていた。







「神々の居城が真の姿を現した、か」


 妾の特典『これで完璧! 次元間紛争介入裁定 完全攻略ガイドブック』に記載されていた、末期世界第4層、最後の難関として立ち塞がる空中要塞の見出し文が無意識で口に出た。

 その身を置いていた柱状大地を崩壊させながら上昇する空中要塞を中心に、要塞を取り囲む巨大な光輪が2つ出現して不規則に回転しだす。

 同時に、空中要塞の周辺に光り輝く幾何学模様の集合体が無数に浮かび上がった。

 空中要塞の周辺では、未だに連合の航空部隊が作戦を継続しているけれど、もう駄目ですわ。


「こちらHQ、これが最後になるでしょう。

 逃げなさい。

 あらゆる手段を行使して、少しでも良いから距離を取りなさい」


 無線機からは何も返ってこない。

 ディスプレイに映し出された映像からは、彼ら6名の生存は確認できているものの、すでに無線でやり取りしている余裕は存在しないのだろう。


『姫さん、安心しろ。

 俺達があいつらを助けてやる』


 無線機から聞こえてきた声。

 気づけば頬に冷たいものが伝う感触がした。

 連合の航空部隊が空中要塞に対して攻撃を行うために、高度をさらに高くとっている。

 空中要塞の周囲に漂う幾何学模様の集合体、空中砲台がより一層強い光を纏い始めた。


「――あぁ」


 空中砲台が一筋の光柱を放出し、グルリと周囲を嘗め尽くす。

 

「連合102戦闘航空連隊、103、104爆撃航空連隊、消滅」

「なな、な、なん、だとっ……!?」


 グンマの無感情な戦況報告とアレクセイの愕然とした声が聞こえた。


「作戦空域後方にいた連合輸送航空隊、1機のみ滞空空域を離脱、空中要塞に接近を開始」

「えっ」


『うぉぉぉぉ!!

 今行くからなぁぁぁぁ!!!』

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