第五十九話 空挺降下

 機内の大型ディスプレイに投影された前線の無人機が撮影している映像には、敵の本拠地を覆う障壁の一部がパラパラと剥がれ落ちるように穴が開いている様子が映し出されていた。

 障壁の自動修復機能により欠損した箇所を復元しようとするが、次から次へと投下される爆弾が復元したそばから周辺箇所諸共に破壊していく。

 迎撃に出ていた天使達が必死に爆撃機や投下された爆弾を魔法により撃墜していくが、音速で飛行する数百もの爆撃機による爆撃を完璧に防ぎきることは不可能と言わざるを得ない。

 連合による4個爆撃航空連隊432機、合計1000t近い爆弾の投下は、強固な魔道障壁に幾つもの破孔を生じさせ、その下の荘厳極まる白亜の巨大神殿を炎と黒煙で包み込んでいた。


「はは、どうだトモメ!

 やっぱり攻撃を続けた方が正解だっただろう?」

「…………」


 アレクセイが得意げに笑みを浮かべている。

 その笑みに先ほどまでの底知れぬ悪意はなく、単純に俺へのマウントしか含まれてなさそうだ。

 俺は彼の言葉に反応を返すことはない。

 魔界の超巨大魔獣と機械帝国の超巨大ロボットを見ている以上、第4層ダンジョンの本拠地がこの程度で終わるとは到底考えられない。

 少しの変化を見逃せば、次の瞬間には敵根拠地の周辺空域に展開している連合の6個航空連隊が消滅することもあり得なくもないだろう。

 それ以上に、なんか悔しいから反応したくねぇ……


「……」


 公女も俺の警告を聞いて多少動揺しているけれど、何か含みがありそうな顔で連合航空部隊の戦闘を眺めている。

 彼女の持つ攻略本には、きっとあの本拠地に隠されたギミックが記載されているのだろう。

 その反応を見ただけで、連合の攻撃がこのまますんなりと成功することはないと思えてしまう。

 まあ、公女は連合のことよりも自分の麾下を心配した方が良いんだけどな。

 現在、戦闘空域で戦闘に参加することなくのんびり空中遊泳を楽しんでいる白影からの連絡では、連合の爆撃機の一部は爆弾ではなく輸送コンテナを搭載しているらしい。

 大きさや爆撃機のペイロードから考えて戦車などの無人兵器は搭載できないはずだが、人間だったら多少の窮屈を我慢すれば入り込めそうだ。

 普通なら入れたとしても高高度による酸欠や低温、戦闘機動による急激な気圧低下により中の人間は致命傷間違いなしだけど、身体能力が常人を超えている探索者なら話は別だろう。

 勿論、輸送に問題がなくとも爆撃機ごと撃墜される危険性や、本来空挺降下目的ではない機器の使用による降下失敗などの様々なリスクはある。

 さらに無事降下できたとしても、敵本拠地に探索者数人を送り込んだところで鉄砲玉以外の役割が思いつかない。

 その後詰めとして連合御自慢の大型輸送機部隊がいるのだろうが、だとしてもたかだが1回の空中輸送では弾薬込みで無人戦車1個大隊を送り込む程度が関の山だろう。

 第4層ダンジョンの本拠地攻略戦力としては頼りないどころの話じゃない。

 文字通り、お話にならない。

 

「そろそろかな……?」


 連合爆撃機部隊による敵本拠地への爆撃は熾烈な迎撃に遭いながらも順調に進んでおり、敵の混乱も目に見えて現れている。

 魔道障壁の穴も無人機が問題なく通過できる程度には拡大している。

 アレクセイが仕掛けるとしたらそろそろだろう。

 正直なところ、もしも本当にアレクセイが少数の探索者を敵本拠地に送り込もうとするのなら、それはもうドン引きどころの騒ぎじゃない。

 当たり前だがそんな特攻作戦に投入するのなんて連合所属ではない第三世界所属の探索者なんだろうけど、それにしても国際的な大バッシングは避けられないだろう。

 現在、地球人類にとっても最も貴重な戦争資源は、無人兵器でも資源チップでも魔石でも軍事費でもなく探索者だ。

 今となっては400名にも満たない探索者は、地球人類にとって補充の利かない無二の存在だ。

 統制の取れていなかったダンジョン戦争初期ならともかく、現段階では探索者の消耗を前提とした特攻作戦なんて狂気の沙汰でしかない。

 本心は別にしても、そんなことを馬鹿正直にしようものなら国際連合の立場は著しく悪化するだろう。


「そうだな、頃合いだぁ」


 だけど、アレクセイってヤル時はヤル奴だからなぁ……

 やっちゃうんだよなぁ……


「……ひぃぃ」


 アレクセイのギンギンに見開かれた両眼と剥き出しの歯茎を見てしまった公女が、ゴキブリを見たかのような嫌悪感全開の悲鳴を漏らした。


「キショイですわぁ」


 確かにキショイね。

 大型ディスプレイに映し出された映像では、コンテナを抱えた複数の爆撃機が魔道障壁の崩壊した開口部に突入していく。

 継続的な爆撃により天使達は既に組織的な迎撃はできておらず、1機の被撃墜も出さずに爆撃機は障壁内への侵入に成功していた。


「アレクセイって戦術指揮官としては地味に優秀だよね」

「……彼の戦術能力をその程度に評価できるのはグンマだけですわ」


 そうなの?

 俺、アレクセイのこと内政特化だと思ってたよ。

 だって烏合の衆な人類同盟と比べて、国際連合ってガッチガチに統制されてる感あるじゃん?

 障壁内に突入した爆撃機は突然減速を行って速度を200km/h程度にまで落としてコンテナを投下した。

 爆撃で速度落とす必要ないよね。

 これもう絶対空挺降下じゃん。

 速度を落としたことにより格好の的となった爆撃機が、天使達の迎撃に絡めとられて瞬く間に全機撃墜されたしまう。

 しかし、投下されたコンテナは落着間際にパラシュートを展開して落下速度を殺すと、次の瞬間には空中でバラバラに分解して内容物を高度数十mで開放した。

 明らかにヒト型の内容物が自由落下で地面に降り立つ。

 その数、6つ。


「えっ、えっ、どういうこと!?

 なんで人があんなところにっ……!!?」


 公女の悲鳴染みた驚きの声が機内に響いた。

 俺とアレクセイはそれに何の反応も返さない。

 折角引き入れた公女派閥の探索者が6人も減るなんて、残念だなぁ……

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