第五十八話 障壁開通

 俺の言葉を聞いて、それまで暢気に俺とアレクセイのやり取りを眺めていた公女の表情が固まった。

 おそらく俺がアレクセイの計略に気付く前から何かを察していただろう公女だが、その具体的な内容までは想像していなかったようだ。


「先ほど本拠地から飛び立った輸送機には、どうせ連合の有力な空挺部隊が乗っているんだろう?

 4個爆撃航空連隊による空爆で敵拠点の障壁に穴をあけ、その隙に空挺降下を仕掛ける……まあ、普通に考えればそうなんだろうけどな」


 そこまで話してアレクセイの表情を見れば、煮詰まった悪意をさらに凝縮したような笑みを浮かべて公女に視線だけを向けていた。

 うわっ、性格悪そうな顔……

 公女は顔色を少し青ざめ、自慢の巻髪も心なしかしょんぼりドリルだ。

 彼女は先ほど、輸送機がロシア製のIl-36と言っていた。

 Il-36はペイロード200tを誇る世界屈指の超大型輸送機であり、輸送機のくせに全翼型機体でステルス性能を持つ超高価格輸送機だ。

 輸送機に高い金をかけてステルス能力を付与しちゃったロシア空軍上層部の思考は置いておいて、爆撃機部隊で梅雨払いを行うとはいえ、1機あたり12億5000万$、12機編隊で総額150憶$もの超高額部隊を未知なる敵本拠地に空挺部隊ごと突っ込ませるだろうか?

 俺の知る限り、国際連合の元首として君臨しているアレクセイという男は、そこまで無謀なギャンブラーではなかったはず。

 末期世界4層攻略というリターンのためにリスクを取ったとしても、いきなり空挺部隊付きの150憶$をブッコム奴ではない。

 

「……どういう、ことですの?」

「さあ、それは俺にも分からないけど、アレクセイの使える戦力と環境を考えれば、ろくでもないやり方なんていくらでもできるだろう」


 アレクセイは自分に向けられた俺の視線にわざとらしく気が付いたふりをする。

 もう俺が連合の計略を止めることを諦めたと判断したらしい。

 間違っていない。

 ここで無理やり横入りして高嶺嬢を投下して全部掻っ攫ってやろうとも考えたが、連合がわざわざ未知の敵本拠地へ自分達の戦力を使って一当てしてくれようと言うんだ。

 ここは様子見をして敵本拠地にどういったギミックが隠れているのか調査するのも悪くない。


「おいおい、ろくでもないとは随分な言いようだな。

 俺達は決して無理強いなんてしない。

 風評被害は止めてくれないか」


 無理強い?

 この言葉に意味があるとすると、連合は探索者に対して強制的にやらせなければできないようなことをさせているのか?

 すぐに思いつくのは輸送機に乗っている空挺部隊の第一波が玉砕前提の決死隊ということだけど……

 いや、決死隊を送るにしては1機12.5憶$のIl-36は贅沢極まりない。

 決死隊になるくらいの危険な戦場なら、空挺降下を行う輸送機も撃墜される可能性は大いに存在する。

 そんな贅沢なことができるのは超大国のアメリカくらいだろう。

 だとすると被害を受けることが前提になる決死隊の役目は、150憶$輸送機部隊とは別の部隊が担っている……?


「まさかあんな役目に自分から志願したとでも……?」


 とりあえずアレクセイにかまをかけてみる。

 ダメで元々、少しでも情報を漏らせば儲けものだ。


「さてどうだろう?

 トモメが何のことを言っているのか見当がつかないな。

 質問はもう少し具体的にしてもらないか?」


 ダメだったか。

 流石にアレクセイはこんな簡単な罠には引っかかるそぶりも見せない。

 可愛くないね!


「……連合102、104戦闘航空連隊、迎撃に展開したとみられる敵1個連隊と接敵エンゲージ

 爆撃機部隊、投下空域に到達まで300秒」

「ずいぶんと無茶をするな」

「なあに、この程度は許容範囲さ」


 公女がこの状況になってもまじめに戦況報告を続ける。

 案の定、弾薬に乏しい連合の戦闘機部隊からは大した量のAAMは発射されず、敵部隊の数が削れないままにドックファイトに突入してしまっていた。

 俺が指揮していた戦闘の時とは桁外れの速さで、レーダー図から味方の機影が消滅ロストしていく。


「爆撃機部隊、投下空域に到達まで180秒」

「このままだと全滅するぞ」

「所詮は安物、また揃えるさ」


 俺は指揮下にある日仏連合の航空連隊には何も指示を下さない。

 しかし撤退もさせない。

 これをアレクセイはどう見るか……


「爆撃機部隊、投下空域に到達まで60秒。

 一部の敵部隊、前衛の戦闘機部隊を突破し爆撃機部隊に突入開始。

 爆撃機部隊、迎撃のためAAM発射」

「アレクセイ、お前、これで攻略する気ないだろう?」

「何を言っているんだ、トモメ。

 これで攻略できることを心から望んでいるさ」


 一部の爆撃機が搭載しているAAMで、突入してきた敵部隊の何割かは食えたみたいだが、それでも爆撃機部隊から損失が続く。

 アレクセイは安物と言っているが、1機1200万$の機体が何十と墜とされて平気なわけがない。

 この損失に見合う利益が狙えるはずなのだろう。

 今回の件でアレクセイは部隊損失以上に、日仏連合からの信頼を大きく失った。

 元々欠片も信じてはいなかったけれど、実際にやられるとなったらこちらの対応も変わってくる。

 今まで通りの緩い共闘体制はもう望めないだろう。

 アレクセイにとって、今回の件は日仏連合との緩やかな共闘体制よりも大きい利益が狙えると踏んだのか。

 勿論、純粋な戦闘能力なら高嶺嬢や白影を有する日仏連合の代わりになるものなんて存在しないが、俺達が国際連合に加盟することはまずない。

 アレクセイの判断にはそれも絡んでいるだろう。

 ……だとすると、これで得られるものは、国際連合にとって得難きもの、つまりは頭数?

 加盟する探索者の数が増やせる?

 そのためにはどうする…………公女派閥を取り崩す。


「爆撃機部隊、投下空域に到達まで10秒」

「もしかしてあれは爆撃機じゃなくて……」

「到達まで5秒、4、3……」

「おい公女、カウントダウンしてる場合じゃないぞ」

「2,なんでですの?」

「おっ、投下したな。

 トモメも見てみろ、本拠地といえど所詮は他と同じ魔道障壁、一点への集中で破ることは可能だ」


 アレクセイの言葉通り、爆撃が始まったようだ。

 偵察機から送られてくる映像には、敵本拠地を包む魔道障壁の一部に集中爆撃が加えられているのが分かる。

 あっ、穴あいた。

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