第五十七話 雲上の保険未加入

「……事前の作戦会議では、今回の攻勢作戦は攻勢と名乗ってはいるもののあくまでも第1に敵情偵察、第2に敵戦力の漸減が目的であり、それに関しても戦力の消耗次第では作戦途上での撤退も選択肢であると決めていたはずだ。

 俺はこの作戦の指揮官として、大半の戦闘機がその戦闘力を半減以下としている状況を、戦力の無視できない消耗と認識している。

 そしてその認識に基づいた判断が後退だ。

 それに敵情偵察としては不十分だろうが、敵1個師団を半壊させたことは紛れもない事実。

 敵の戦力を確実に削った以上、投資に対する利益は十分に出ている。

 これ以上は不確定要素が大きすぎて、投資ではなく投機でありリスクが高すぎる。

 第1次合同攻勢作戦の指揮官として、連合各部隊に対し帰還フェーズへの移行の遂行を命令する」


 グンマはこれ以上議論する時間すら勿体ないと言わんばかりに、アレクセイへ厳しい視線を向けている。

 口調も断定的で、取り付く島もない。

 そして、グンマが指揮官・・・として命令・・してしまったことにより、アレクセイもいよいよ本来の怜悧さを剥き出しにしてグンマと対峙した。

 どうやら国際連合の元首として、後に引く気はなさそうだ……ふふっ!

 冷たい空気だけどグツグツした熱気を感じますわ!


「国際連合は日仏連合に対し、今作戦の全体指揮を委託した覚えはない。

 許容したのはあくまでも戦術指揮であり、作戦全体に絡む作戦フェーズの移行権限については日仏連合の指揮に従う道理はない。

 直ちに先ほどの命令は取り消し、フェーズ移行の中断と空爆の実行を要請する」


 アレクセイも断固たる態度を出していますが、グンマと比べると理屈がちょっと弱いですわねー。

 そんなに必至だと無理やり感があって余計に不自然ですわ。

 絶対に何かを企んでいるではないですか!

 グンマも先ほどから違和感を持っているようですけど、それが何か具体的には分かってなさそう……

 彼は戦術や交渉こそすごいのですが、どうしてもその戦術家としての適性から視野を内側に向けがちになる。

 先ほどから違和感を持っても、レーダー図に移っている戦場の敵味方の動きから何かを読み取ろうとしていることが何よりもそれを示している。

 妾やアレクセイが同じ機内にいて、妾達が何の目立った動きもしていないことから、無意識で妾達に何らかのヒントが隠されているという選択肢を思考から追い出してしまったようだ。

 末期世界軍の戦術にではなく、味方であるはずのアレクセイの戦略に嵌りかけているその姿は…………こうしてみると可愛いですわね!


「陸上作戦ならばその理屈も分かる。

 だけど今作戦は航空攻勢であり、議論を行う時間は現実的にない。

 アレクセイ、時間がないから指揮官ではなく個人として言おう。

 これ以上の攻撃はリターンがリスクに合わない。

 確かに燃料費は痛いだろうが、大型機を導入していない以上、この作戦で消費した燃料は部隊全体でもエネルギーの資源チップ1枚分にすら満たない」


 あっ、グンマが説得の方向性を変えてきましたわ。

 態度もちょっと軟化している。


「……エネルギーチップ1枚、原油もしくは石炭1万tを無視できるのは日仏連合だけだ」


 アレクセイィィ!

 その反論は苦しいですわぁぁぁぁ!!

 ほらっ、グンマも流石に違和感を貴方にむけてますわ!

 グンマの眉がピクリと動く。


「俺の記憶が正しければ、国際連合の地域覇権国家であるロシアとブラジルは両国ともエネルギー輸出国家だったはず。

 イランやリビアなどの産油国も少なくない数が所属しているし、エネルギーチップに関しては余るはずでは?」


 やっぱり突っ込まれましたわ。

 アレクセイも苦しさを自覚したのか表情が更に硬くなる。


「エネルギーチップは、その、言葉の綾だ……!

 すまない、分かり辛かったな。

 そもそも祖国にチップを納品して初めて資源化できる以上、資源チップがいくら手元にあろうと無意味だしな!

 ……俺が言いたいのは!

 原油1万t分の購入金額を気にしないでいられるのは、日仏連合だけだということだ」


 ヘイヘーイ、アレクセーイ!

 少しばかり無理やりすぎませんことぉ?

 妾、面白くなってしまって心の中のハナ・タカミネが出てきてしまいましたわ!

 戦前の原油価格は確か1バレルで75$、原油1万tが約73500バレルだから550万$といったところかしら?

 ちなみに妾の自由独立国家共同戦線全体の戦費は概ね400億$。

 ……550万$は端金ですわ。

 グンマもこの言い訳でアレクセイに何かあると気が付いたみたい。


「アレクセイ、お前――」


 ですが、遅かったようですわね。


「人類側本拠地より未確認航空機の離陸を確認、照合結果からロシア製輸送機Il-36と適合。

 12機の編隊を構成し移動を開始、進路予測経路は敵本拠地と重複。

 連合101、102、103、104爆撃航空連隊、進路を敵本拠地に変針し移動を開始。

 連合102、104戦闘航空連隊、連合爆撃部隊を取り囲むように陣形を変更し追従を開始」


 レーダーに所属不明の機影が映ったことを議論に夢中な二人に教えてあげる。

 これで妾の仕事は果たしましたわよ。


「……そんな指示は出していない。

 直ちに元の配置に戻るよう指示を出せ」


 アレクセイはやらないだろうし、妾がやってあげる。

 でも駄目でしょうね。


「連合部隊、いずれもこちらの制御信号を遮断。

 リンクは繋がったままですが、こちらの管制からは完全に外されましたわ」

「……アレクセイ、強制信号を当該部隊へ送信してくれ。

 なお、その際の管制履歴は作戦終了後に国際連合立会いの下で消去を行う」


 恐らくそれは無理ですわ。


「国際連合としては日仏連合の提案に反対である」


 だってアレクセイ、にやついてますもの。

 あーあ、してやられましたわね。


 妾が内心呆れていると、何故かグンマが複雑そうな表情で妾を見る。

 

「他人事だと思っているんだろうけど、たぶん公女もやられてるぞ」


 えっ……


 アレクセイがいつの間にか妾を見て厭らしくにやついていた。


 ……今からでも入れる保険はありますか?

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