第五十六話 雲上の対立

「……」


 レーダー図に映し出された見方部隊の配置を見ながら、俺は何とも言えない感覚に悩まされていた。

 何となく引っかかる。

 見方部隊は一見して不規則かつバラバラに移動しているように見えるが、各配置には確かに合理的な理由があって、どの部隊も無人機らしい完璧主義な部隊機動でこちらの指示通りに動いている。

 普通だ。

 どれだけ眺めていても、普通という感想しかない。

 しいて言うなら我ながら神がかった戦術運用ってだけか?

 しかし、それがなんとなく引っかかる。

 天使達は主力とみられる中央集団の過半を喪失し、軍組織としての統制は取れているものの、敵から見ても敗北はほとんど確定と言って良いだろう。

 天使達の戦線は中央集団半壊以降、じんわりと後退を続けており、後は唯一残存している敵本拠地に籠って絶望的な籠城戦しか選択肢がない。

 最早このダンジョンは人類の勝ち確だ。

 だけど、なんとなく、引っかかる。

 なんだろう、この感覚?

 俺と一緒に機体へ乗り込んで戦場を管制しているアレクセイと公女に目を向ける。

 彼らも俺達の勝利を確信しているのか、しっかりと戦域管制の仕事をこなしながらも皮肉と嫌味がスパイスされた雑談に興じていた。

 その様子に違和感はない。

 至って平常運転だ。

 一体、俺は何に引っかかっているんだろう?


「敵戦線後退中、既に混乱は終息した模様。

 アル姉様が自発的に半壊した敵中央集団を追撃しているようですが、他の部隊も追撃させますか?

 ちなみに前衛部隊の平均戦闘継続可能時間は日仏連合が残り57分、国際連合が残り45分、最も時間の短い連合103戦闘航空大隊は残り31分ですわ。

 日仏航空隊はともかく連合航空隊だとドックファイトは推奨できませんわね」


 公女の報告を聞いて俺は一旦思考を戦闘に戻す。

 ここにきて日仏と連合で運用機体が異なることによる戦闘継続能力の差が作戦の幅を狭めることになってしまったようだ。

 日仏の戦闘機であるUF-2は増槽装備で最大航続距離7400km、一方の連合の戦闘機であるS-80は増槽装備で最大航続距離3800km。

 単純計算で日仏の方が2倍近い航続距離を持っている。

 もちろん、巡航速度の違いもあって航続距離ほどに連続飛行可能時間の差は開いてはいないのだが、それでも作戦行動に支障が出る程度には違いがある。

 それに今までの戦闘で結構な数のミサイルを使用したので、前衛部隊だといずれの機体もミサイルが1発残っていれば上出来な部類だろう。

 下手をすればミサイルも機関砲弾も全て撃ち尽くしている素寒貧の機体だっているはずだ。

 帰還のことも考えれば追撃に参加できるのは武装を消耗した日仏の1個戦闘航空連隊と後方に控えていた5個爆撃航空連隊くらいか。

 天使達にとっては敗戦直後とはいえ、敵の本拠地に空爆を仕掛けるには護衛の戦闘機部隊が少しばかり頼りない。

 元々、今回の作戦目的は本拠地戦力の偵察だったし、空爆を強行していたずらに損害を出してしまって後でアレクセイから責任をネチネチ詰められてもつまらない。

 ここはあまり深入りしない方が良いのかもしれないな。


「……先ほどの戦闘で各部隊の弾薬消耗も無視できないレベルにある。

 戦闘機部隊の損害は許容範囲内だが、実質的な作戦能力は大きく減衰している。

 これ以上の戦闘行動は損害が許容値を超える可能性が高い。

 現時点において、当初の作戦目標である敵本拠地戦力の偵察は完了したものとみなし、本作戦を帰還フェーズに移行する」

「ちょっと待ってくれトモメ」


 俺の指揮にアレクセイが待ったをかける。

 いきなりどうしたんだ、お前?


「まだ後方に無傷の5個爆撃航空連隊が完全爆装で控えているんだぞ?

 確かに戦闘機部隊は消耗したが、爆撃機部隊だって一部は自衛用にAAMを装備させている。

 これだけの大編隊を戦場まで連れてくるのには金がかかるんだ。

 国際連合は日仏連合に対し作戦指導の再考を要請する」


 確かにアレクセイの言うことも一理ある。

 日仏は戦闘機と爆撃機で機種を分けているが、連合のS-80は戦闘爆撃機なので戦闘機部隊と爆撃機部隊の両方で同じ機体を運用している。

 連合の航空隊に限って言えば、爆撃機部隊による空対空戦闘も十分可能だろう。

 しかし、だからと言ってその程度の空戦能力で敵本拠地に初空爆はリスクが高すぎる。

 爆撃機を1個航空連隊も連れてきちゃった俺が言うことでもないが、名目上とはいえ偵察作戦でそこまでのリスクはとれない。

 まだ敵本拠地攻略の初戦なのだし、多少の非効率には目を瞑って部隊保全に努めたい。


「先ほど迎撃に出てきた1個師団が敵戦力の全てだとは思えないし、本拠地故に対空火力も相応のはず。

 作戦目標である敵本拠地の戦力を偵察できた以上、これ以上の深入りは不要なリスクだ。

 今作戦は敵本拠地攻略作戦の初戦でしかなく、ここでのリスクを無視した作戦強行は時期尚早と考える。

 日仏連合は国際連合に対し要請の撤回と帰還フェーズへの移行を要請する」

「燃料残量が少ないとはいえ、時間のかかる精密爆撃をする訳でもないのだし我々の戦闘機部隊にだって爆撃機の護衛程度は務まる。

 それに肝心の敵本拠地自体の戦力偵察はできておらず、現状は駐屯兵力の一部と接敵しただけだ。

 国際連合は作戦目標の未達と判断し、日仏連合に対し帰還フェーズへの移行中断と本拠地への空爆を要請する」







 基地への帰還を選択したグンマと空爆の強行を主張するアレクセイ、人類を代表する三大勢力の内、二つの勢力の元首同士が向かい合う。

 妾を完全に蚊帳の外にして、意見が対立した二人は互いの意図を探るように視線を絡ませている。

 両者の間には協調という概念はなく、自身の欲望を満たさんとする意志だけが静かにぶつかり合っていた。


 盛 り 上 が っ て 参 り ま し た わ !

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