第五十四話 雲上の航空戦

 顔を上げれば、一面が綿のような薄っすらとした雲に覆われていた。

 太陽の姿は見えず、昼間だというのに視界は薄暗い。

 ビュービューという風切り音が聴覚を支配し、それ以外の音はほとんど聴こえない。


 単一音によって作られた無音の世界。


 感覚が研ぎ澄まされる。


 研ぎ澄まされた感覚は第六感を呼び出し、精神を明鏡止水のゾーンに誘う。


 両手は自然と印を結んでいた。


「—— カトンジツ!!」


 背後で噴出する巨大なジェット炎流。


 薄暗かった世界を赤々と照らすKIで現界した日出る国の奇蹟。


 一瞬、全身を押し潰さんとする負荷が襲う。


 身体は雲海を突き破り、視界を真っ青なオゾン色が支配する。


 澄み切った大気圏を輝かしい太陽が照らしていた。


 視界の端では雲が下に流れていく。


 その速度はだんだんと遅くなるが、完全に止まる前に身体を反転。


 対流圏を突破しオゾン層に迫り、青で支配されていた視界が一転、波打つ雲で覆われた雲海となる。

 

 雲に反射した太陽光で思わず目を細めるが、それも一瞬。

 すぐに眩しさは感じなくなった。

 スキルによるものか、それともステータスの上昇によるものなのか。


 この身が戦前と同じ感覚を味わうことも、気づけば大分少なくなった。

 果たして自分の身体はまだ人間と言えるのか。


 後ろ向きの考えが頭を過る。

 しかしそれも詮無きこと。

 この身は主に仕える一柱の忍故に……


「カトンジツッッ!!!」

 

 先程とは真逆、下方に向けて忍術を吹かす。

 一瞬で雲海を突き破れば、眼前には巨大な城塞とその上に浮くおびただしい数の芥子粒が群れを成していた。

 雲を突き破って現れたこの身を認識したのか、僅かに動きが見えるも、それはあまりにもゆっくりしたものだった。


 遅い、遅すぎる……!


 集団の中央に意識を集中。


 両手を使い上級忍術の為の印を準備。


 複雑かつ煩雑な工程は、素人なら組むだけで半刻ほどの時が必要だろう。

 しかし闇夜に忍ぶ白き影であるこの身ならば、その工程を一息で組み上げる。

 音速すら超越する速度で両手指が姿を変える。


「カトンジツッッッ!!!」


 視界を赤黒い炎壁が瞬く間に塗り潰す。

 眼下に広がっていた芥子粒の群れのことごとくを呑み込んだ炎。

 今までならばこれだけで過半数の敵を墜とせたけれど、スキル『超感覚』が見せる未來視は未だ健在な敵軍の姿を映し出していた。







「———— 障壁か」


 無人偵察機が撮影する最前線での白影の戦闘映像がディスプレイに映し出されている。

 空中に展開した末期世界軍。

 その過半を呑み込んだ白影のカトンジツだが、レーダー上では末期世界軍の反応は依然として健在。

 空中要塞近辺では天使達の使用する魔術の出力が向上するのか、これまでの戦闘と異なり、カトンジツによる巨大な熱波を見事に防ぎきっていた。

 

「敵軍の損害率0.3%、敵の組織抵抗力は依然として健在ですわ。

 敵2個連隊がアル姉様に向け進撃を開始、接触までおよそ300秒」


 敵軍を瞬時に分析したシャルロット公女が、敵が迎撃部隊を白影に差し向けたことを警告する。

 同時に俺のディスプレイに、彼女から送付されたその脅威に対する対処案が幾つも表示される。

 白影に釣り野伏せをさせて、そのまま敵軍の一部を包囲殲滅する案。

 白影の攻撃手法をカトンジツから手裏剣に変更させて漸減作戦を続行し、敵を一気に壊滅させるのではなく表皮を一枚一枚向くかのように戦力を削り取っていく案。

 カトンジツが防がれた後の短時間で敵を分析し、幾つかの対処案すら提示してきた公女。

 彼女の戦術能力はやはり非凡なものだと実感する。


「トモメ、部隊の位置取りを少し変えれば敵突出部隊の側面を突けるぞ」


 アレクセイが公女の言葉に続く。

 彼も公女からの戦術案は閲覧しているはずだが、彼からはより具体的な部隊配置変更プランが送られてきた。

 公女に負けず劣らずアレクセイの戦術眼もなかなかのものだ。

 三大勢力で唯一特典未保有であるのにもかかわらず、いくつもの階層攻略を成功させているのは伊達ではない。

 アレクセイと公女、双方ともに同盟の戦略バカよりも遥かに戦術能力に優れている。

 彼らの戦術案を眺めながら、改めてそう思った。


「問題ない、既に手は打ってある。

 全て想定通りだ」


 俺が彼らにそう答えるのと同時に、事前の作戦通り・・・・・・・いくつかの味方部隊が飛行ルートを変更し始めた。

 それに呼応するように天使達の陣形も変形しだす。

 その時生じた陣形の隙間に向けて、1つの部隊が進路を変更した。


「連合第3、第4戦闘航空連隊、敵両翼に対しFOX2」


「FOX2」


 俺の指示に公女が疑問を口にすることなく復唱して実行する。

 次の瞬間、味方戦闘機から各機1発ずつ発射された計48発の赤外線誘導ミサイルが、レーダー図上を敵部隊に向けて進撃を開始した。

 陣形を変更していた天使達は若干の混乱のあと、ミサイルに対抗すべく再度陣形を変更していく。


「トモメ、あの火砕流ですら防いでしまった障壁に、ただのミサイルで一体何をするっていうんだ?」


 一連の流れを見ていたアレクセイが口をはさむ。


「別に、今のミサイルで敵を減らそうなんて思っちゃないさ」


「陽動か……?」


 俺はその言葉に答えないまま、口角を上げる。

 レーダー図の上で夥しい数の光点が複雑に踊り始めた。

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