第五十二話 不満ブーブー
「—— クソッ……!
殿下はいったいどうしてしまったんだ……」
日仏連合が末期世界第4層の人類根拠地に建設した基地施設群。
その中でも機械帝国からついてきた第三世界諸国に提供している区画、その一室に、自由独立国家共同戦線に属する国家の探索者達が集まっていた。
連日に渡る日仏連合の攻勢作戦に付き従う彼らは、連戦の疲労が体に溜まっているためか、疲れ果てたかのように椅子に座り込んでいた。
「前のダンジョンからずっと、殿下は日本の良いようにされてばっかりだな」
彼らは基地に設置された無料の自動販売機から手に入れた清涼飲料水を飲みながら、これまた無料で提供されている日本産の菓子類を摘まみつつ管を巻いていた。
話題は最近情けない姿ばかりを晒している彼らの盟主について。
「以前はあれほど目の敵にしていたというのに……」
自由独立国家共同戦線の指導者であるルクセンブルク大公国第一公女シャルロット・アントーニア・アレクサンドラ・エリザべード・メアリー・ヴィレルミーヌ・ド・ナッソーは、人類存亡の危機を前に戦後を見据えた利権争いに終始する列強各国に対し痛烈に批判していた。
中でも最初のダンジョン攻略国家であり人類最精鋭と謳われる日本に対し、並々ならぬ対抗心を抱いていたのだ。
自由独立国家共同戦線に加わっている面々は、そんな公女の理念に共感し、目的を共有し、能力に驚嘆し、信念を信用し、己と祖国の命運を預けたのだ。
そして公女は彼らの期待に応え続けた。
有象無象の第三世界諸国の中でも飛び抜けた戦績を残し、三大勢力とも同じ土俵で交渉し、優先攻略権など多くの権利を勝ち取ってきた。
それだと言うのに、公女は前回の機械帝国第4層から変わってしまった。
「今では日本の言いなりだな」
日本から巨額のODAを供与され、破格の戦力を揃えたまでは良い。
しかしその後は日仏に良いように扱われ、まるで彼らの手駒の様に指示を仰ぐだけの存在と化してしまった。
次の攻略先にまで日仏の意向が反映される始末。
「第三世界諸国の希望の星であった自由独立国家共同戦線も、日仏連合の手駒の一つ、か」
自分達の現状に、各々が下を向く。
重い沈黙が室内を支配する。
彼らとて探索者に選出されるだけの教養と能力は持ち合わせている。
個々人によって程度の差こそあれ、自分達の置かれている立場は十分に理解していた。
階層が進むにつれて敵は強大化の一途を辿り、如何に超常の能力をもった探索者とは言え、少数の兵力で敵に対抗するのは困難を極める。
これから先、人類がダンジョン側に対抗するためには無人兵器による膨大な戦力が必要だった。
そして、それらを揃えられるのは、GDPが数兆$超えの列強諸国のみ。
彼らの祖国はアメリカの様な超大国ではなく、
彼らの祖国では、1年で数兆$の戦費を消費するような総力戦には耐えられない。
総力戦とは大国のみに許された戦争方法だ。
総力戦…… 単独でのダンジョン戦争が実行可能なのは、1ヵ国の超大国、5か国の地域覇権国家、6か国の列強、17ヵ国の大国といった29ヵ国のみ。
そして彼らには単騎で戦略単位の戦力を殲滅するような基地外染みた個人戦力は持ち合わせていないし、戦術で戦略を崩壊させる戦術家はいない。
そんな彼らがダンジョン戦争を勝ち抜くには、大国の庇護が不可欠だった。
そして、そのようなことは小国に生まれた彼らには、身に染みる程理解できていたのだ。
「…………」
しかし、彼らは夢を見た。
あの気高き公女の理念を聞いた時。
特典という特級の異能を見た時。
自分達とは比較にならない才能が、大国と真正面から言い争った時。
どのような逆境に立たされても、最後には生き残り、成果を勝ち取った時。
小国でも、大国と渡り合えることができるのではないか、と。
小国の探索者は常々思っていた。
生まれる国の力こそ差はあれど、探索者個人の能力では大国だろうと小国だろうと違いはない。
それにも関わらず、なぜ
勢力としての看板も、人類の行く末を決める重要な会議も、戦場の行く末を決める司令部も、全て
そこに
何故だ。
能力は同じなのに。
何故、これほどまでに扱いの差が有るのだ。
「何故、こんなことに……」
自分達は今、日仏の駒の一つに成り果てている。
自分達はこんなところで燻っていて良いのか。
「殿下は、このまま日本の犬で良いのかな……?」
自分達は公女の理念である人類団結の為に結集したのではなかったか。
自分達は、こんな扱いで満足できるのか。
「…… クソッ」
連戦による疲労だけではないナニカが、ずっしりと彼らに圧し掛かっていた。
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