第五十一話 標的となったドリル
国際標準時 西暦2045年8月22日18時30分
末期世界第4層
国際連合 司令部
「日仏連合の第一次攻勢作戦は、敵前衛拠点2カ所を陥落させたことで終了しました。
その過程で敵1個師団の8割を撃破、後詰の1個旅団を全滅させています」
国際連合元首アレクセイ・アンドレーエヴィチ・ヤメロスキーを始めとする連合首脳部は、司令施設の一室で日仏連合とその傘下組織による攻勢作戦の結果を聞いていた。
報告を聞く首脳部の各々が浮かべる表情は個人によって異なるものの、日仏連合が上げた巨大な戦果について驚く者は誰一人いなかった。
いや、ブラジル連邦共和国の女性探索者ケイラ・デ・デボラ・ロドリゲスは、あらまあと言わんばかりに口元を手で覆う。
「相変わらず彼らの衝撃力は凄まじいな。
日仏連合の損害は?」
日独露と並ぶ南米の地域覇権国家であるブラジル連邦共和国の男性探索者ギリェルメ・ミランダ・フェルナンデスが、報告者に日仏の損害を問う。
前回の攻勢で連合は末期世界側の前衛拠点を落とすのに、40機程の戦闘機が消滅し、それに倍する数の機体が小さくない損傷を受けた。
それでいて敵に与えた損害は精々が、1個師団に打撃を与えて後退させた程度だ。
ケイラもくりくりとした大きな碧眼に好奇心の色を浮かべる。
「無人戦闘機2機の被撃墜、損傷機も恐らく10~20機程度かと」
「馬鹿な……」
本当に自分達と同程度の兵器を使用しているとは思えない数値に、ギリェルメが思わず言葉を零す。
衝撃を受けているのはギリェルメだけではない。
程度の差こそあれ、あり得ないほど少ない日仏の損害は連合首脳部を困惑させるのに十分過ぎるインパクトを持っていた。
「戦闘力という面で日仏が頭一つ抜けていることは分かっていたけど……
僕達とここまで差が有るなんて」
英仏に並ぶ列強であるメキシコ合衆国の男性探索者ホセ・サンチェス・キロスが、ずり落ちた黒ぶち眼鏡の位置を直しながら、諦めた様に椅子の背もたれに体を預けた。
恰幅の良いホセが体重を預けたことで、椅子がギィと小さな悲鳴をあげる。
その音にケイラは思わず驚いていた。
日仏連合は東アジアの地域覇権国家である日本と列強のフランスからなる2ヵ国連合であり、構成人員はたった3人の小規模勢力。
しかし3人全員が特典持ちであり、内2名は人類でも最強のツートップ。
首魁であるトモメ・コウズケは類稀なる戦術家であり、息をするように戦略を戦術で崩壊させる。
人類同盟や国際連合という他2つの大勢力と比べると規模こそ小さいものの、その戦闘力は人類最精鋭という呼び名に相応しい凶悪さを誇る。
連合司令部は日仏連合の精強さを改めて実感するのだった。
ケイラは、さっそく日仏に分からされている他の面々を眺めて苦笑いを浮かべていた。
「日仏の戦闘力は十分に分かっていたことだ。
しかし、運が良いことに我々は今、その力の恩恵を受け取れる立場にいる」
連合元首アレクセイの言葉が司令部の面々を引き締める。
「我ら連合は同盟と日仏に比べて特典を保有しておらず、国力とて同盟の3割強、日仏の2倍強程度しかない。
さらには階層攻略回数も日仏の12回は勿論、同盟の5回にすら劣る僅か3回でしかない。
はっきり言おう。
連合は実績と傘下勢力の獲得が急務である」
アレクセイが改めて自分達が置かれている立場を述べれば、司令部一同は苦々し気に頷いた。
ケイラも努めて重い表情を浮かべながらも、さり気なくテーブル上のチョコレートをパクつく。
「この階層で日仏と連携し早期攻略を行い、間髪入れず同盟が攻略中の高度魔法世界に侵攻する。
そこで日仏と共に急行軍で階層攻略の決定打を担えば、我らは実績で同盟に追いすがることができる。
少数精鋭にこだわる日仏はどうだって良い。
とにかく今は、同盟の力を削ぐのみだ」
アレクセイが設定した戦略方針、人類同盟の勢力削減。
それを改めて伝えられた面々は決意を新たにする。
連合の首脳部として連なる国々は、いずれも大国と見做される国々であり、今更同盟の軍門に下ることなぞ受け入れられない。
連合と運命を共にするしかない面々にとって、強大な指導力を持つアレクセイの方針に従うことに否やは無かった。
「そのためにも先ず、この階層の雑多勢力を取り崩すことから、始めましょうか」
意気込む首脳部に、怜悧な声が響いた。
ギリェルメやホセは勿論、アレクセイすらその声の持ち主に注目する。
「最初はやはり——」
どこか楽し気な声色。
「健気な公女様のお友達から、食べてしまいましょう」
そう言って、ケイラ・デ・デボラ・ロドリゲスは快活そうに笑った。
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