第四十八話 末期世界第4層

 末期世界第4層、そこは断崖絶壁と見紛うばかりに遥か高空まで聳え立つ台地を中心に、同程度の高度まで屹立するタワーカルストの様な巨大な円柱状の岩山が数えきれないほど存在していた。

 人類側の拠点は円柱岩群よりも2000mほど低い広大な台地の上に築かれている。

 遥か下方には雲か霧かは分からないが、濃密な白いもやが一面を覆い尽くしており、この光景だけ見れば魔界第3層を思い出す。

 しかし、意識して呼吸しなければ脳に酸素が行き渡らずボウっとする感覚は、この地が少なくとも高度2500mよりは高い場所であることを俺の肉体に教えてくれた。

 実際、根拠地の扉からこのダンジョンに入った瞬間、高山病の様な頭痛やめまいを体験したものだ。

 ポーションを飲んだら治ったものの、ある意味初見殺しだったな。


「こんなところにいたのか、トモメ」


 人類側拠点に築かれた基地施設群の外で周囲の景色を眺めていると、後ろから声がかかる。

 振り返れば五厘に刈り上げた金髪の冷酷そうな鋭い眼つきが特徴の青年、国際連合元首にしてロシア連邦の男性探索者アレクセイ・アンドーレエヴィチ・ヤメロスキーが近寄ってきていた。

 背後には護衛らしき2名の探索者を連れている。


「アレクセイか、どうした。

 もうすぐ連合は攻勢作戦を開始するんだろう?」


 俺がそう問いかけると、アレクセイは酷薄な笑みを浮かべた。


「これで何度目の攻勢だと思っているんだ?

 もう俺が付きっきりでなくとも回るさ。

 そういうトモメこそ、こんなところで黄昏ている暇なんかあるのか?」


「流石に到着早々、攻勢に参加する気はないよ。

 態勢が整うまでは連合のお手並み拝見といこう」



キィィィィィィィイイインンン



 滑走路に隣接された蒲鉾型の格納庫から、甲高いタービン音を靡かせながら薄灰色の全翼機がゆっくりとその身を現わしていた。

 流線型の鏃型やじりがたになっている機体は、人類同盟のUFA-16や日本のUF-2と同様にステルス機であるようだが、天使達相手に電子ステルスは意味をなさないので、翼下にパイロンを取り付けてガンポットを増設していた。

 

「相変わらずだな……

 まあいい。

 今はな」


 アレクセイが俺の横に並ぶ。

 俺達の後ろでは、俺の護衛である最古参従者ロボ4体とアレクセイの護衛である探索者2人が少し距離を開けて控えている。

 俺達の身体を吹き付ける風が叩いていく。


 同盟、連合、そして日仏、一括りに三大勢力とされているが、連合は特典持ちを一人も保有していない。

 今までは国力のゴリ押しで何とかなってきたのだろうが、これからの攻略は一体どうするのだろう。

 魔界の大型魔獣と機械帝国の超大型機械兵を思い起こす。

 現代兵器ではアレの相手は骨が折れる。

 アレクセイの戦術能力も決して低くはないが、だからと言ってアレの相手を正面からこなせるとは思えない。

 

 連合が同盟と日仏より優越しているのは、アレクセイによる鉄壁の内部統制に他ならない。

 ロシアとブラジルという2ヵ国の地域覇権国家、中華人民共和国とメキシコ合衆国という2ヵ国の列強を中心とした巨大な国力を、完璧に統制された38ヵ国69名の探索者達によって欠片の無駄も無く活用しきっている。

 組織という面では最も完成されているのが国際連合という存在だ。



「トモメ…… この戦争、お前はどう見る」



 唐突に。

 アレクセイは、そう言った。



ゴオオオオォォォォォォ



 上空を1機の戦闘機が飛び去って行く。

 

 ジェットエンジンによる轟音が辺りを包むが、俺達の周りだけは氷に閉じ込められていると錯覚してしまいそうだ。

 

 視界の遠くに聳え立つ円柱状の岩山が墓標の様に連なっていた。



「不可解だ。

 しかし、選択の余地は、まだ、ない」



 瞬きの間、空間が止まる。



ゴオオオオォォォォォォ



 次々とフライパスしていった戦闘機が、上空でゆるりと旋回しながら編隊を組み上げていく。


 アレクセイは次元管理機構の違和感に気づいたのだろうか。


 それを確かめる術はない。


 俺達は迂闊に虎口へ手を伸ばす蛮勇を持ち合わせていなかった。



「…… 今日のお昼ご飯は何かな」


 腹の中に鉛が流し込まれたかのように、唐突な飢えを感じた。

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