第三十八話 巨大航空機による垂直回避

 巨大な格納庫の中にそれは存在した。

 目を覆うほどの巨躯は暗いグレーで塗装され、見る者全て威圧する。

 幅広の翼には4発の巨大な発動機がぶら下がり、轟々と暖機運転を始めていた。

 のっぺりとした腹部からは大小6つの鉄筒が禍々しく突き出している。


「—— こ、これは……!」


「乗れよ公女、俺の愛機だ」


 全長72.5m翼幅76m全高18.8m最大速度マッハ0.9標準装備での航続距離9500km。

 32口径120mm無反動砲1基、35mm機関砲2基、20mm機関砲2基、70mm墳進弾発射装置1基を搭載。

 国産の戦略輸送機C-4を原型に西暦2039年に日本が開発した局地制圧用攻撃機AC-4。

 今回が記念すべき初搭乗となる俺の愛機だ。

 ちなみに操縦方法は、前線から根拠地の飛行場までの移動時間10分ほどで覚えた。


「…… こんなもの乗っていましたっけ?」


「ああ、乗れよ」


 さっさと乗れよドリル。

 慣れたように勝手に乗り込んでいく最古参従者ロボ4体を見習って欲しい。







ゴオオオオォォォォォォォォ


 ジェットエンジンの野太い唸り声がコックピット内を満たす。

 HMD(ヘッドマウントディスプレイ)には機外の景色が映し出されると共に、戦域図などの各種情報も投影されている。

 飛行場から離陸して15分、そろそろ白影がいる戦域か。

 

「—— こちらグンマ、公女、そろそろ出番だ」


 俺は機内無線で銃手室にいる公女に声をかける。

 従者ロボの方は言うまでも無く準備は出来ている。

 このAC-4は、上空から搭載している重火器で地上に攻撃する機体だ。

 乗員はパイロットとガンナーに大別され、俺はいつも通りパイロットとして操縦席にいる。

 公女と従者ロボは射撃要員として射手室にいた。


『—— そろそろシャルと呼んでくださいまし!

 でも、本当に妾がガンナーでよろしいですの?

 妾、本当の本当にただの素人ですわよ』


 公女がここに来て不安がる。

 ジョーダンはドリルだけにしてくれよ、ビビリの公女。

 ガンテクは教えられて身につくもんじゃねえ、自分で見つけるもんさ…


 仕方ないので勇気づけてやるか。


「峠で速い奴が一番格好良いんだ。

 イケてるぜ、お前」


『はっ? 峠? ここは空ですわ!』


 知らねえなぁ!


 俺は操縦桿を一気に倒した。


『ギャァ!? いきなりなんですの!!?』


 地上を覆っている高積雲を一息で突き破り、積雲に突入する。


『ガタガタ揺れてますわぁ!

 ヤバいですわぁ!!』


 高度2000mまで僅か30秒で急降下すると、俺は思い切り操縦桿を引き戻した。


『グエッ!?』


 急降下からの引き起こしにより、凄まじいGが全身に降りかかる。

 無線越しでも公女の乙女らしからぬ呻き声が聞こえた。

 勿論そんなものアウト・オブ・眼中!!


 上昇しようとしているのに、慣性を止められず高度計の数字は目まぐるしく減少を続ける。

 もしかして勢いを殺しきれずこのまま墜落してしまうのか?

 いや、上がる! 上がってくれ俺のAC-4!

 高度1000mを切るとようやく推力が効いてきて、高度600mでやっと高度の低下が止まってくれた。

 600mなんて全長70mを超える巨人機にとって、地上はもう目と鼻の先となる距離だ。


 ここまで高度が落ちると地上で戦闘している機械兵や無人戦車を個別に確認できてしまう。

 いきなり上空に現れた巨大な航空機に機械兵たちは一瞬混乱するものの、それはすぐに収束して唯一の飛び道具であるボウガンを用いて対空射撃を行ってくる。


「よう、公女。まだ生きてるか?」


 地上の至る所から飛んでくる巨大な矢をかわしながら、反応のない公女に話しかけた。


『わ、妾、生きてるんですの?

 あとシャルって呼んでくださいまし……

 …… な、なんですのぉ!?

 ヤバいですわぁぁぁ!!?』


 公女はか細い声で己の生存を喜ぶやいなや、眼下の状況に気が付いたのか再び悲鳴をあげた。

 どうやら公女は600mほど下から弾幕を張られることに慣れていないらしい。

 だけど、遠慮しないぞ……100%の全力モード!!


「公女、道は一つだ。

 信念に従い行動する…… それだけだ」


 俺は弾幕の如き矢の嵐を回避しながら高度をさらに300mまで落とす。

 さあ、撃てよ臆病者!

 撃て!


『あぁぁぁぁぁぁ!!?

 シャルって呼んでぇぇぇぇ!!

 ヤバいですわぁぁぁぁぁぁ!!!』


 絶叫しつつも、公女が射撃管制する32口径120mm無反動砲が、地上の機械兵に向けて砲撃を開始する。

 従者ロボ4体も35mm機関砲2基と20mm機関砲2基の射撃管制をそれぞれ担当し、公女と同時に撃ち始めた。


『妾はなんでこんなことに……』


 公女が急に戦う理由を模索しだしたが、彼女の射撃は止まらない。

 地上の機械兵たちが上空から直接降り注ぐ砲撃に、なすすべなく吹き飛ばされていく。

 俺は射角を確保するために可能な限り最小限の機動でひたすら矢を回避する。


『—— トモメ!?

 その変態機動は絶対トモメだよね!?』


 戦場に現れた航空機に気が付いたのか、同じ戦域にいる白影から無線が入る。

 彼女特有の火柱が見えないので、どこかで休憩でもしているのだろうか。

 無限に生き物を物に変えてくれる狂った決戦兵器と違い、NINJAは人間の範疇に留まっているので体力という概念も存在する。

 

『—— はっ、アル姉様に認識された気がしますわっ』


 射手室にいるせいで白影と無線が直接つながっていないのにも拘らず、公女が何かを感じ取ったようだ。

 一体彼女は過去にはとこの白影と何があったんだ?


『トモメ!?

 なんで機体の向きを変えないまま垂直に避けれるの!?』


掟破おきてやぶりの地元飛行だ!」


『今はもう撃つしかないですわ……!』


 戦う理由は見つかったか? 公女。

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