第三十三話 誕生日大作戦 BLACK

「———— もう、そういうことなら早く言ってください!」


 もの凄い速さで生クリームをかき混ぜながら、高嶺嬢は頬を膨らませてプンプンしていた。

 残像が発生して手が8本に見えるほどの超高速ながら、一滴の生クリームもボールから飛ばさない超絶技巧は流石である。

 その後ろでは銀髪モヒカンのツネサブローと七三ガイコツのウォルターが、オーブンで焼いているスポンジケーキをジィッと凝視している。

 ただ見ているだけなのに、彼らの顎から垂れている汗は、それだけの情熱をそのスポンジ生地にかけている証左だろう。


「私にだって協力くらいさせて下さいよぉ!」


 高嶺嬢は手元の生クリームにチョコレートとココアパウダーを入れると、あっという間にチョコクリームを作ってしまう。

 そのままの流れでチョコレートの湯煎を始めるやいなや、残像すら残さない包丁捌ほうちょうさばきでイチゴやクランベリーのカットを終えていた。

 その後ろでは、やはり二人の男たちが熱い眼差しをオーブン中のスポンジ生地に向けている。




「いやあ、高嶺嬢が手伝ってくれて本当に助かったよ」


「グンマの言う通りですわ!

 ウォルやスティーも力を貸してくれていますし、やはり誕生日パーティーとはこうでなくては!」


「しかし、こうして皆が力を貸してくれるのはやっぱり……」


「ええ、それはもちろん……」




「アルベルティーヌの人望だな!」


「アル姉様の人柄あってですわ!」




「うぅぅ………… もぅ、ほっといて……」




 俺と公女はキッチンで3人がわちゃわちゃ料理を作っている様子を眺めながら、白影を間に挟んで彼女を必死に持てはやしていた。

 一方、難しいお年頃の白影は、ずっと俺の膝に顔を埋めながらいじけている。

 中々素直になってくれないでいた。




 状況を察した従者ロボによって根拠地内に招き入れられたツネサブロー達が最悪のバースデーサプライズを叩きつけた後、公女がそのままの流れで顔面ケーキと化した白影を俺のシャワールームにぶち込んだ。

 その隙に俺はその場の面子に事情を説明すると、意外なことに最初に納得して協力を申し出てきたのはあの高嶺嬢だった。

 恐らく、前日の決戦兵器生誕祭で白影が料理を全部作ってお祝いしていたことが効いたのだろう。

 いや、なんだかんだで優しく情に厚い所もあるし、どう話を持って行っても結局協力してくれたと思うが。


 一方、公女の家庭方針についてブツブツ言っていたウォルター・アプルシルトンと、ぐちゃぐちゃになった青黄赤ケーキを見て呆然としていたスティーアン・ツネサブロー・チョロイソン。

 この二人は人類が誇るツートップの顔面に劇物を叩きつけた贖罪しょくざいとして強制徴用だ。

 



 そうして、私室内の片づけは従者ロボに任せ、高嶺嬢達はキッチンに料理作りへ、俺と公女は白影の御機嫌取りに終始することとなった。

 


「私の誕生日…… 忘れてた……」


 面倒臭いダンゴムシとなってしまった白影は、いくら宥めても俺の膝から決して離れようとはしない。

 その到底おっぱいとは言えない薄っぺらい胸板には、日仏から送られた二つのプレゼントが抱えられていた。


「ほら、アル姉様!

 こちらは妾からの誕生日プレゼントですわ!」


 公女がルクセンブルクからのプレゼントを渡すと、フランスからのプレゼントをテーブルにおいて、ルクセンブルクを抱え直した。

 やっぱり、母国に誕生日を忘れられていたことには、流石に思うところがあるらしい。

 そう言えば、欧米だとクリスマスや誕生日に子供を放置するのって親権停止レベルの厄ネタらしいし、普段の奇抜な言動に隠されがちだが彼女の家庭環境は中々に厳しい。

 

「アルベルティーヌ……」


「アルたんって言って」


 おっと、全国民の監視下ではキツイ要求だ。


「…… アルたん、みんなアルたんの誕生日を知らなくて祝えなかったんだよ。

 俺だって知っていたら絶対に祝っていたさ」


 端末のステータス画面で白影の年齢が19歳から20歳に、変わったことに気づいていたなんて口が裂けても言えないぜ!

 はとこである公女は、その点言い訳の余地がない。

 気まずそうに冷や汗垂らして瞳を泳がせている。

 メッセージの一つでも送ってやれば良かったものを…… 馬鹿な女だ。


「それにほら、アルたんへのプレゼントはこんなにあるぞ」


 白影が抱えている日廬以外にも、テーブルの上にはフランスと神の国ノルウェーからのプレゼントが並んでいた。

 ノルウェー産プレゼントの中身は恐ろしすぎて俺たち日本人には見れないが、他の三国のプレゼントはきっと白影の好みに合わせた高価な品々だろう。

 

「…… でも、白いののおまけみたいじゃん」


 ボソリと呟くNINJA。

 朝見た時はポニーテイルにしていたのに、シャワーを浴びたために今は長い髪を下ろしている。

 白影は髪の事なんて気にせず俺の膝や腹を好き放題しているが、不思議と髪はぼさぼさになっておらず、サラサラに纏まったままだ。


 これが本当のサラサラヘアーかぁ。

 俺は金糸を想わせる彼女の髪を手で梳きながら、公女と共にNINJAを慰めるのだった。



「—— ほら、お誕生日ケーキできましたよ!

 いつまでもいじけてないで、素直になったらどうですか?」


「おうおう、今回も渾身の出来だぜ……」


「我らの情熱、とくとご覧あれ」



 どうやら誕生日ケーキが出来上がったようだ。

 20本のろうそくが立てられた艶やかなチョコレートケーキが、高嶺嬢に運ばれてやってきた。

 

「シャンティイ・ショコラですわね!」


 黒く光沢をもったチョコレートコーティングには所々に金箔が散りばめられており、一目で白影をイメージしたものだと分かった。

 高嶺嬢、和菓子だけじゃなくて洋菓子も作れたんだね……



「むぅぅ」



 白影も気になったのか、少しだけ顔を起こして高嶺嬢達に目を向けた。



「やっと顔を上げましたね!

 

 おめでとうございます、黒いの」






「………… ぅん」

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