第三十二話 2ヵ月遅れのハッピーバースデー
俺は今、全世界の探索者達の中でも有数の貴種である貴種三銃士を部屋に連れ込んだよ。
貴種三銃士とは?
「…… ぐんまちゃん」
光を失った瞳で俺を見つめる人類が誇る最強の決戦兵器、日本国内閣総理大臣御令孫、高嶺華。
「…… トォォモォォメェェェ」
完全に闇に呑まれし人類最強格NINJA白影、父は多国籍企業ダッセーCEO、母は一流ブランドたるクソヴィッチのチーフデザイナー、祖父は29代大統領、祖母は元ルクセンブルク大公国第一公女という欧州における青い血の中の青い血、シュバリィー伯爵家長女、アルベルティーヌ・イザベラ・メアリー・シュバリィー。
「…… 痛っ、もうグンマァ、なんですのぉ?
…… ヤ、ヤバいですわぁぁ!?」
倒れた衝撃で目を覚ます第三世界諸国期待の星である自由独立国家共同戦線指導者、ベネルクスの宝石ことルクセンブルク大公国第一公女シャルロット・アントーニア・アレクサンドラ・エリザべード・メアリー・ヴィレルミーヌ・ド・ナッソー。
状況を考えると、バスローブ姿で髪とか濡れたままの俺とシャルロット公女の姿を見て、高嶺嬢と白影の誤解が盛大にフィーバーしてるってことね?
公女はテンパり過ぎてヤバい製造機と化しているし、何より不味いのは私室のドアが開きっぱなしの為に、私室内が公共空間扱いで日仏廬の全国民に生放送ということだ。
もう、見た目通りの修羅場過ぎて言い訳の余地がないね!
「…… ん?」
ドアの陰から従者ロボがこっそり様子を窺ってる!
俺と目が合うと、美少年1号と美少女1号が小さく手を振ってくれた。
可愛いじゃないか。
「ぐぅぅんぅぅまぁぁちゃぁぁんぅぅ!?」
おっと、高嶺嬢の謎直感に感づかれた。
しかし、従者ロボ達が手に持っているのは上品にラッピングされた箱が2つ。
日仏両政府から白影への誕生日プレゼントか!
助かった!
「っ!!」
従者ロボの存在に公女も気がついたのか、口の端を白くさせてヤバイヤバイ言っていたドリルが活路を見出したかのように頭を回転させ始めた。
それでこそイキりドリルだ!
俺が乱立させた第三世界諸国派閥の中でも、俺の推しメンは一味違うぜ!
良いよね?
良い……
俺と公女は言葉にはしないが、視線だけでこの場を潜り抜ける作戦を共有した。
「トモメェェ!!?」
おっと、NINJAの嫉妬センサーが反応したようだ。
しかし、その隙をついて美少年1号と美少女1号がプレゼントを投合する。
そこそこの速さで投げられたプレゼントだが、そこは保身がかかった俺と公女の顔面キャッチで華麗にフォロー。
「グエッ!?」
尊き血らしくない呻き声を聞いた気もするが、俺は歯を食いしばってぐっと堪える。
男の子だからね!
「ぐんまちゃん!?」
「トモメ!?」
俺達を襲う突然の顔面デッドボールに、激おこコンビも一瞬だけだが怒りよりも驚きと心配が勝ったか……
とんでもない大暴投をしてくれた従者ロボの最古参コンビは、良い仕事をしたとばかりに清々しくサムズアップ。
なんか腹立つなぁ。
だが、流れを変えるなら今がチャンス!
公女も薄っすら垂れる一筋の赤い血潮を無視して必死の形相だ。
視線でしか作戦会議をしていないが、次の一手が全てを決める。
目の前の2択を間違う訳にはいかない。
「アルベルティーヌ!!」
「アル姉様!!」
ヨシッ!
「———— おうおう、腹黒ォォ!
姫さんの頼みだから持ってきてやったぞぉ!!」
俺と公女のプレゼント戦争、いざNINJAへと行く瞬間、突然ドアから現れた銀髪モヒカン!
ツネサブロー!?
ツネサブローじゃないかっ!!?
何故このタイミングでここに!?
しかも手には毒々しい青黄赤の三色ケーキ!!
驚愕する俺の視線を受け止めた公女が、何かを思い出したかのようにあっ、と気の抜けた顔になった。
ドリルの表情が全てを語る。
昨日、頼み事したこと、すっかり忘れてましたわ……
公女ぉぉぉぉぉぉ!!?
「———— おい、スティー!
招かれたとはいえ、他国の拠点内にズカズカと非常識だぞ!!」
公女のおまけの七三ガイコツも来たぁぁぁ!?
「———— おっと!?」
しかもこけたぁぁぁぁ!!?
「うぉっ!?」
ツネサブローにぶつかったぁぁぁぁぁ!!!?
体勢を崩したツネサブローが手放してしまったケーキ。
それが放物線を描きながら飛んでいく様が、その瞬間の俺の目にはゆっくりと、本当にゆっっっっくりと流れて逝った。
………… あっ
「…… あっ」
放物線を描いて、いや、そこそこの勢いでほぼ水平と言って良い角度で俺の手を離れていくケーキ。
夜中に突然連絡を受け、ウォルと二人で夜なべして作った渾身のケーキ。
勝利、知性、福運を籠めて作ったケーキがぁぁぁぁ!!?
「…… あっ」
たまたま足が滑ったのだ。
姫様の頼みに忠臣を称する身としては全力を尽くさざるを得なかったのだ……
朝までずっとケーキを作っていた疲れで、ついふらついてしまったのだ……
しかし、姫様も姫様だ。
決して遅くはならないとおっしゃったのに、まさか朝帰りですとっ!!
姫様はご自分の立場を十分に理解しておられない!
そもそも姫様はルクセンブルク大公国第一公女という尊き立場であり、決して男の部屋に軽々しく立ち入って良い人物ではなくて———— だからこそ———— 御父上たる大公閣下も—————— 伝統あるナッソー家の————
「…… あっ」
ヤバいですわ。
大学で近代北欧史を学んだ際に反吐が出るほど見た青黄赤の三色旗を模したケーキ。
それは空中投射の途中で空気抵抗により潰れ、変形し、ついには分離して別々の方向に飛んでいく。
凶弾と化した毒物の矛先は……
ヤ、ヤ、ヤ、ヤバいですわぁぁぁぁぁ!!!?
『…… あっ』
その場にいた怒れる二人を除いた全員の視界が、ゆっくりと、しかし確実に動いていく。
誰もその凶弾を止めること敵わず。
誰もその悲劇を防げなかった。
メチョッ
メチョッ
同時に着弾した凶弾は、着弾地点を青、黄、赤の三色に染め上げる。
表面のクリーム層は着弾と同時にめくれ上がり、衝撃波と共に着弾地点を中心に数派の波となって着弾表面を蹂躙する。
発生した運動エネルギーから振動と熱への変換に、その脆弱なスポンジ構造が耐えられる訳がなく、膨れ上がるエネルギーは一瞬で自身の肉体を吹き飛ばした。
「…………」
場を沈黙が支配する。
責任の押し付け合いや気まずさとか言っていられない、薄氷の上の沈黙。
しかし、一人の男がその沈黙を突き破る。
「ハッピーバースデートゥーユー」
沈黙が支配する空間に、少し音程が怪しい男の声だけが響く。
しかし、そこに自らの生存を見出した女が、それに続く。
『ハッピーバースデートゥーユー』
音程が微妙に外れている男声と、プロ並みに上手い女声が繰り為す迷走したハーモニー。
そんなことは関係ない、大事なのは気持ちだとばかりに、男女は声を強める。
『ハッピーバースデーディア……』
「アルベールティーヌーー!」
「アールねーさーまー!」
最後の最後で絶妙にかみ合わなかった二人だが、もはやそんな些事を気にする余裕は存在しない。
この一手で決める。
その決意は多少の妨害が入ったところで変わりはしない。
むしろピンチはチャンス!
勢いで全てを片付ける!
『ハッピーバースデートゥーユー!!』
勢いだけで歌い切った二人は、持っていたプレゼントを目の前の人物に押し付けるように渡した。
「2ヵ月遅れだけど、こういうのはちゃんとお祝いしないとな」
「そうですわ、なんて言ったって妾とグンマにとってアル姉様は……」
『大切な存在だから』
「だから——」
「誕生日おめでとう、アルベルティーヌ」
「誕生日おめでとうございます、アル姉様」
俺と公女の祝福に、目の前の人物、顔の9割が青、黄、赤で埋もれたNINJAがブルリと震えた。
ぼとっ
高嶺嬢の顔にへばりついていたケーキだけが落ちた。
ポカーンって顔してる。
白影のケーキは
「………… ヨシッ!」
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