第三十一話 大公からの依頼、報酬は公女の笑顔
「ふぃー」
シャルロット公女に先を越されたものの、徹夜明けのシャワーはやはり格別だ。
ついでに髭剃りも済ませたし、徹夜のせいで若干鈍かった思考も身体と共にサッパリすることができた。
このまま身支度を整えてもいいが、お風呂上がりにはまず、のむヨーグルトを飲んでおきたい。
コーヒー牛乳やカルピスも捨てがたいが、ここはグンマーの一人として己の本能に従いたいところ。
俺の格好はバスローブのままで執務室には公女がいるだろうけど、徹夜明けだしそこまで気にすることもないだろう。
この時、俺は対白影誕生日大作戦の立案完了と徹夜明けの疲労も相まって、ひどく油断していた。
白影の両親とフランス政府が仕掛けたとびきりの地雷を処理しながら、自分が知らぬ合間に核地雷を埋めているとは露にも思っていなかったのだ。
のむヨーグルトのことしか頭にない俺が、執務室に繋がるドアを開けた瞬間ーー
「—— もう! 朝ごはん冷めちゃうよー!」
ガチャ
目と目が遭っちゃった瞬間、ヤバいと察した。
「シャルが今なんでここにいるの?」
どうすることも出来ないと、分かってはいるけど。
少しだけそのまま、時間稼いで。
俺の身体が動く前に、公女のその瞳が——
辛くて、ドリルのように突き刺さり、もう猶予は無いと告げている。
アッー、切ないほど、アッー、自分の身が愛しい……
「—— アッ、すみません間違えました」
俺は公女を見捨ててドアを閉めた。
すまんな相棒、お前とは今日限りだ。
『ミッション 【スキャンダルつくろう】
ドアを開けて 一緒に謝ろう
報酬 シャルロット公女の笑顔 プライスレス
依頼主:ルクセンブルク大公国 大公フェリックス・ジャン・フィリップ・ジョゼフ・マリー・ド・ナッソー
コメント;どうして開けないの? 昨夜は仲良くしてたっぽいのに、どうして助けないの?』
大公、めっちゃ煽るやん!
氷の城で引きこもりたい気分だぜ……
そうか、私室へのドアが開いたから、私室内が一時的に放映空間となってしまったのか……
そうなると、先程チラリと見えたバスローブ姿で白濁液を口に着けたままの公女の姿も見えちゃったのか……
シャルロット公女、初めてのスキャンダルの瞬間である。
それにしても初めての接触がこれでいいのか……?
ドンドンドンドンッ!!
「グ、グンマァァァ!!
今すぐここを開けなさい!」
ドアの向こうから公女の悲痛な怒鳴り声が聞こえる。
例え隠れたとしても、もはや手遅れだというのに……
やれやれ、馬鹿な女だ。
「しゃ、洒落になりませんわよ!?
開けなさい!
あ、あ、開けてぇぇぇ!!」
あーあー、聞こえなーい!
ぐんまちゃん、えいごわかんなーい!
悪いな公女、ここは日本の統治領域なん——
バキッ
ドアから手が生えてる。
メキッ
ドアの取手が周りの木材ごと剥ぎ取られた。
「トモメ、開けてよ」
「はい」
俺は素直になった。
ドアではなく板となってしまったものを開けば、まず目に入るのは白目を剝いた公女の御尊顔。
とてもじゃないけど、人目には晒せない顔だ。
これではいくら美少女といえど、政略結婚以外に嫁の貰い手は見つけようがないだろう。
まあ、日仏瀘の全国民に生放送中なのだが……
「———— トモメ」
おっと死亡フラグ。
公女に構っていると死ぬね。
俺は立ったまま気絶している公女を退かして、目の前の鬼神に相対する。
まさか高嶺嬢ではなく白影が先に鬼神化するとはなぁ……
人生とは予想外の連続だ!
「アルベルティーヌ、君は誤解している。
まず聞いてほし——」
ゴキッ
白影が手に持っていたドアの取手with木片を握り潰した。
重厚なマホガニーもこうなっては只の木製チップだな!
HAHA!
「—— トモメはさぁ……」
沈黙。
エプロン姿の白影は俯いたまま、出だしを言ったっきり沈黙している。
内心では様々な感情が猛り狂っているのだろう。
今の状況を考えると、自分の誕生日はスルーされたのに、ライバルの誕生日は盛大に祝われて、次の日には妹分だと思ってたはとこが先に大人の階段上ってたということになる。
ダンジョン戦争前までネグレクト気味な引きこもりライフを満喫していた白影にとって、自分だけが疎外され、置いてきぼりになってしまったように思えるこの状況は中々に重たい。
そんなことより、横にどけた公女のぶっさいくな気絶顔が気になるぅ!
ちょっと大公閣下!
ドア開けたのに、報酬の公女の笑顔がどこにもないんですけど!
「ホントッッッウになんなのっっ!!」
気になるから公女を違う場所に動かしても良いかなぁ?
「私っ! 昨日は白いのの誕生日っ、頑張ってっ、頑張ってっ、頑張ってお祝いしたんだよっっ!!?
なのに、こんなのって……!」
まあ、確かに白影の状況で高嶺嬢の誕生日会に参加するってのは酷だよなぁ。
それにしても立ったまま気絶するとは、公女も器用なものだ。
意外と体幹すごいのかな?
「こんなのって、ないよぉ……!
なんでっ、なんで、私には何もないの?
私っ、良い子にしてたじゃん!!
悪いこと、何もしてないじゃんっ!!」
俺は白影の過去の所業を思い出す。
魔界第2層でのガンニョムとの仲間割れと、俺への魔物集団トレイン疑惑、そして身内である人類同盟への裏切り。
祖国フランスからの救援要請を完全シカト。
国際裁判での第三世界諸国への恫喝染みた賛意強要。
高度魔法世界第3層での敵ガンニョムのトレイン疑惑。
コイツ、中々のことやらかしてるな!
…… 俺の指示も混ざってるけど。
「酷いよっ……!
酷いよぉ、ひどいよぉ!!
自分のぉ、誕生日ぃぃぃ、我慢してっ……!
白いののぉ…… 祝ったのにぃぃぃ!
なっ、なっ、なんっでぇぇ!
シャルっ、わだじのぉ、ドモメェ…… 盗っちゃうのぉぉっっ!!!
うわぁぁぁぁん」
大泣きである。
一瞬だけ鬼神化したけど、大泣きである。
そして公女の気絶顔が気になる。
それに、どうやら白影は俺に対して結構執着してくれていたようだ。
俺の所有権を主張しておる。
さて、どうやってこの状況を納めようか……
「ヘイヘーイ、ぐんまちゃんの部屋で、朝から一体何の騒ぎ起こしてくれてるんですかー?
………………
……………… へいへぇいぃぃ。
………… 説明して下さい」
ドアから 高嶺嬢が あらわれた!
おっと、地獄の窯が開いて真の鬼神降臨。
バタンッ
おっとっと、動揺のあまり後退ったせいで、気絶公女の身体にぶつかって公女、倒れちゃった。
『ミッション 【なんてことを……】
なんてことを……
報酬 内閣総理大臣御令孫の笑顔 プライスレス
依頼主:日本国第113代内閣総理大臣 高嶺重徳
コメント;なんてことを……』
『ミッション 【なんてことを……】
なんてことを……
報酬 シュバリィー伯爵家長女の笑顔 プライスレス
依頼主:フランス共和国第32代大統領 フランソワ・メスメル
コメント;なんてことを……』
『ミッション 【なんてことを……】
なんてことを……
報酬 大公国第一公女の笑顔 プライスレス
依頼主:ルクセンブルク大公国 大公フェリックス・ジャン・フィリップ・ジョゼフ・マリー・ド・ナッソー
コメント;なんてことを……』
上野群馬、齢二十歳。
三ヵ国の首脳から遺憾の意。
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