第二十二話 来ちゃった

国際標準時 西暦2045年8月14日5時12分

機械帝国第4層

自由独立国家共同戦線 合同司令部 戦域管制室




『日仏連合、魔界第4層の攻略に成功』



 一昨日、その一報が各ダンジョンを攻略中の人類中に流れた。

 侵攻開始から僅か48時間での第4層攻略は、各国に人類の勝利へ近づく希望とそれ以上の焦りを抱かせた。

 そして、その感情は日仏連合、人類同盟、国際連合といった三大勢力よりも7日間も早く第4層の攻略に取り掛かっている第三世界諸国、とりわけ自由独立国家共同戦線の指導者、ルクセンブルク大公国シャルロット第一公女が強く持っていた。



「…… 遂に今日、来てしまいますわね」



 シャルロット公女は自身の派閥である自由独立国家共同戦線11ヵ国16名の他に、島嶼諸国連合8ヵ国11名、自由アジア諸国共同体4ヵ国7名、計23ヵ国34名の探索者を率いている。

 彼らはそれぞれの思惑はあるにしろ、公女の能力や思想、方針に共感して彼女の指揮下に入っている。

 しかし、現実は攻略が遅々として進んでいない。




 むしろ数百体の武装した機械兵の軍組織に押し込まれてしまっているのが現状だ。

 公女とて無能ではない。

 その能力だけで言えば、日仏連合最高指導者 上野群馬、人類同盟指導者 エデルトルート・ヴァルブルグ、国際連合元首 アレクセイ・アンドレーエヴィチ・ヤメロスキーの三元首に並ぶものを持っている

 彼女の持つ特典『現状を事細かに説明された書物』を加味すれば、戦略環境において三元首を優越すらしていると言えるだろう。

 だが、公女が指揮する戦力は三大勢力と比較するのも烏滸おこがましい程弱小であり、飛翔しようとする彼女の強烈な重石となっていた。



「結局妾は、何もできませんでした」



 ダンジョン第4層攻略前に開催された主要七ヵ国戦略指針会議。

 その会議でシャルロット公女は機械帝国の優先攻略権を勝ち取れたものの、弱小な国力を理由に日仏連合が後詰に押し込められてしまった。

 日仏連合は、割り当てられた魔界第4層を攻略後、機械帝国第4層の攻略支援を行う。

 その決定から11日経過した今日、魔界第4層を早々に攻略した日仏連合が、機械帝国第4層に侵攻を開始する。


 彼らは強い。

 奇襲的な並行世界からの侵攻により勃発したダンジョン戦争。

 序盤の混乱の最中、僅か3日で世界初のダンジョン攻略を成し遂げた栄光は、どれほど暗いのかすら分からないほどの闇に包まれていた世界にとって、たった一条の希望だった。

 そして、その希望の光は見渡す限りの闇夜を薙ぎ払った。


 彼らは強すぎた。


 強い光は同時に深い影も生む。

 その影もまた、もしかしたら光になれていたのかもしれないが、自身を遥かに超えて光り輝く強者の存在が僅かな弱者存在活躍を許さない。



「こんなことでは、人類勢力を主導するなんて夢のまた夢」



 シャルロット公女は唯一今後のダンジョンについての知識を持っている。

 その知識を受け入れた聡慧そうけいな頭脳は、現状での最終的な地球人類の敗北を結論付けた。

 彼女自身、叶うことならばその知識を全ての探索者と共有し、唯一の勝ち筋である人類一丸となっての戦争遂行を推し進めただろう。

 だが、次元管理機構がもたらした特典は、それを許さなかった。



「このままでは人類が……」



 制約により真実の声を封じられた公女は、周囲から疑念の目を向けられながらも僅かな自身を信頼する手勢を率い孤軍奮闘していた。

 しかし、それも既に限界が近い。

 ダンジョン攻略も第4層となり、多くの探索者達が命を落としているにもかかわらず情報を僅かたりとも開示しない公女に対して、配下の中にも疑念を抱く存在が現れ始めている。

 それらを覆すだけの戦果を挙げることができれば良かったのだが、前線基地すら落とせずに根拠地周辺で小競り合いを繰り返している現状ではそれも難しい。



「妾は…… どうすれば……」



 そんな状況で、日仏連合がこの地に来てしまえば、結果は目に見えている。

 彼らは蹂躙するだろう。

 機械兵を、公女の権威を。

 公女の配下は熱狂するだろう、日仏連合の栄光に。

 公女の配下は落胆するだろう、公女の挫折に。


 日仏連合と同様の結果を出すことは公女にとって不可能だ。

 人類ツートップのようにことごとくを蹂躙するなんてできやしない。

 障壁張ってフワッフを召喚するので精一杯。

 流動的な戦場を完全に支配し、手足の如く操るなんてできやしない。

 精々が3手先を読み、眼前の戦場しか支配できない。



「妾は… どうすれば…」



 もはや公女にはどうすることもできない。



「妾は、どうすれば」



 もうどうにもならない。



「妾はどうすれば」



 脳裏に映るのは、腹黒そうな東洋人が腹黒そうなことを言っている情景。



「妾はど——」



「—— おはよう公女殿下!

 来ちゃった!」

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