第十二話 魔人の苦渋

 敵戦力出現とほぼ同時に行われた開幕奇襲攻撃による第24重装師団司令部の壊滅。

 理不尽な戦闘能力を持つ超兵器による師団残存兵力の陽動と、絡繰からくり仕掛けの鉄蜘蛛てつぐもによる包囲殲滅。

 そして機動力の極めて高い航空戦力による対地攻撃と、地下坑道への爆炎攻撃。

 その後に連続して放たれ続ける遠距離からの対地表砲撃。


 地下要塞は逃げ場のない死の棺桶となり、救援部隊は集結前に攪乱され各個撃破され続けている。

 反撃しようにも地表は絶え間ない砲撃の嵐に包まれ、山岳内部に張り巡らされた連絡通路は虫食いのように制圧されていて思うように部隊移動ができない。


 卓越した戦術とタイミングで、こちらの意表を上手く突いてくる敵。

 こちらの打つ手はことごとく後手に回り、まるで敵の掌上で踊らされる道化。



 魔界軍第35要塞駐屯軍団、異世界ノ軍ヲ相手ニ戦況ハ不利也ふりなり



『—— 第315龍騎兵中隊、通信途絶』

『第24重装師団、損耗率5割を突破、第56重装旅団旅団長、青鬼、討ち死に——』

『—— 第151歩兵大隊、消息不明』

『第1066輜重隊、未だ予定地点に到着せず、恐らく全滅したかと——』



 次々と届けられる味方の窮状を伝える報告。

 時が経つにつれ緊迫を増す戦況。

 先人達がどれほど早く攻略されてしまったか、それは十分理解していた筈だった。

 自分達の死は理解も覚悟もしていた筈だった。


 しかし、日々訓練を重ねてきた自負、長い年月をかけて築き上げた地下要塞への信頼。

 それらによって、自分達ならば先人達よりも抗える、抗ってみせると言う甘い夢を見てしまった。

 先人達の意思を継ぎ、後の者達の為、自らの命を捧げる己に酔ってしまった。


 そうして実際に突きつけられた現実こそが、この様である。


 

『第4要塞6地区292番連絡通路、敵の鉄蜘蛛てつぐもに制圧されました——』

『敵部隊撃滅の為、派遣した第183重装連隊、敵影発見できず——』

『—— っ、第183重装連隊の後に続く第229火炎大隊、敵の襲撃を受けています』



 敵に裏をかかれている。

 敵は我らの策を読み切っている。

 敵の姿どころか影すら捉えきれない。


 このダンジョンにおける最高指揮官である魔人は、自らが相対する存在の力量が想像をはるかに超えていることを理解した。


 敵の兵士は極めて精強だ。

 特に化物と言うべき存在が2体もいる。


 敵の戦法は恐ろしく合理的だ。

 その時その状況に合わせて最も適切な形で戦闘を行う。


 敵の指揮官はまるで底が見えない。

 気づけば相手の掘った穴に埋まり、抜け出した先はより深い奈落だ。



『…… だが、易々と負ける訳にはいかん』



 自分に言い聞かせるように、小声でつぶやく。

 周囲の誰にも聞こえていない独り言。

 折れそうな自身の心に渇を入れる。


 敵に付け入る隙は無く、撃ち破る方法なぞ見当もつかないが、元より我らの目的は撃退ではない。

 より長く、より厭らしく、より狡猾に耐え抜くことだけだ。

 その為には現在敵の包囲下にあり、着々と消滅への道を歩んでいる第24重装師団の生き残りを何としてでも救援しなければならない。

 このまま手を拱いていれば1個師団もの戦力が、敵侵攻から1日も持たずに失われてしまうだろう。

 それは魔界側の継戦能力を大きく削ぐことになってしまう。


『どうやって救出するのか——』


 魔人達、魔界軍幹部は議論を重ねるが、救援部隊の進撃阻止を行う敵を排除し、敵の包囲網に穴を開けて味方を救出するのは容易ではない。

 そしてこうしている間にも包囲下にある第24重装師団は、敵の化物により口にするのもはばかられる惨たらしい方法で蹂躙され、救援部隊は侵入した敵により撒き散らされる火炎に包まれて漸減されていく。

 

『機動戦力による急襲で敵戦力の突破を図るしかないか……』


『その方法では被害が大きすぎるのではないか?

 一旦陽動で敵の兵力を減らす必要がある』


『それには時間がかかりすぎるだろう。

 救出すべき者達が大きく数を減らしてしまえば、救出作戦に意味などなくなってしまう』


『いや、まずはこちらの要塞へ浸透を許してしまった敵の撃退から行うべきだ。

 このままでは他の兵力まで分断されてしまうぞ』


 如何せん、魔人達が直面する問題は多すぎた。

 そのどれもが早急に解決せねばならず、そして全てを解決するためには自分達の戦力はあまりにも少なかった。

 そうして議論を重ねるうちにも、宝石よりも貴重な時間が刻々と失われる。


『…… 覚悟していたことだが、敵は強い、強すぎる。

 もはや外道の策にも手を染めねば、長きを耐え抜くことも出来ん』


 最上位の魔人が苦り切った顔でそう吐き出すと、これから行おうとする策に全員の顔が一斉に歪む。

 しかし、初めから死を受け入れた彼らにとって、その策の実行には嫌悪こそすれ躊躇いは無かった。


『我らの全ては後の者達に捧げると決めている。

 なればこそ、我らは地獄の悪鬼にもなろう』

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