第九話 散るぞ哀しき魔人達

 魔界第4層、石灰華段丘のような特殊地形の火山山脈。

 至る所から地熱により熱せられた温水が湧き出し、沸き立つ蒸気が常に立ち込める。

 草木一本生えてこない山肌からは、人間では致死性の硫黄ガスが不規則に噴出する危険地帯。


 その山々の内部に張り巡らされた地下洞窟。

 もしも立体的に把握できるものが見ればさながらアリの巣のようだろう。

 大気よりも比重の大きい硫黄ガスが巣の下へ下へと滞留していく人類にとっての魔境。

 その最奥部にある大きな広間、剥き出しの岸壁をそのままに、最低限の装飾が施された武骨な大部屋。


 中央に置かれた純白の岩机とそれを囲む金属製の椅子、周囲よりも一段高く設けられた壇上に置かれた豪奢な椅子。

 そこに座るはヒトのようでいてヒトではない特徴を持った異形のヒト型。

 地球人類がその姿を見れば、多くの者が口を揃えてこう言うだろう。



『魔人』

 


 豪奢な椅子に座るこの場で最も地位が高いであろう魔人が口を開く。

 つい先ほど受けた敵兵力出現の一報。

 それはこの地に駐屯する軍団幹部を招集しなければならない大事であった。


『遂に我らの番が来てしまったな』


 おどろおどろしい見た目とは打って変わり、沈鬱さを隠し切れない声色。

 それを受ける他の者も、その顔色は決して良くない。


『まさかこれほど早くこの時が来ようとは……』


 魔人は続ける。


『気狂い豚、小鬼族の勇者、紅き獣、月夜の狼、天空の若王子……

 多くの英雄たちが出陣し、そして早々に散っていった。

 敵は決して猿などと呼んで良い種族などではない。


 ………… おそらく、我らもまた先陣同様に敗れるだろう』


『そ、そんなことはっ!』


 あまりにも呆気ない魔人からの敗北宣言に、思わず配下の一人が声を荒げて立ち上がる。

 自分達は決して弱小などではない。

 現状の制限下で出来る限りの戦力を揃えた。

 なけなしのプライドが刺激されたのだ。


『ない、訳がない。

 諸君、認めよう、我らの死は約束されてしまっているのだ』


 断言された死の宣告。

 悲壮極まるその宣言は、配下達が現実を受け入れるのには十分な衝撃を与えた。

 室内に不穏な空気が流れる。


『…… しかし、我々は今までの者達とは異なる正規の軍人ですぞ。

 それも一個軍団規模の』


『あちらの情報を知った時、我らは皆一様に楽観していた。

 あの程度の猿に我らが負ける筈がないと安堵していた。

 その結果がこれである。


 攻略速度を考えれば、現状の軍備でも勝敗は変わらん』


 なおも食い下がる配下の言葉を切って捨てる。

 あまりにも悲観的な魔人に、配下は不満を隠せずにいるが、魔人の言う通り、自分達の世界で英雄と謳われた猛者達が鎧袖一触とばかりに蹂躙されているのだ。

 なればこそ、彼らは魔人の敗北宣言を否定できない。


『だが、我とて潔く負けるつもりもなければ、前任者と同じ轍を踏むつもりもない』


 しかし、絶望に沈みかけていた空気を、魔人の一転した言葉が切り裂く。


『我らが一日でも長く耐えれば、それだけ後の者達が楽をできる。

 我らが一匹でも多く殺せば、それだけ敵の消耗は加速する』


 魔人の表情は変わらない。

 自らに訪れる絶望的な未来への恐怖と緊張、諦めにより強張った顔。

 だからこそ、彼の瞳が異彩を放つ。


『これより、我らは死兵である。

 我らが後の者の為にできることは、時を稼ぎ、敵を消耗させ、一匹でも多くの敵兵を道連れにすることである』


 それまでの悲観的な声色とは違った、明確な覚悟の籠った力強い声。

 自らの死を受け入れた彼の瞳には、烈火の如く燃え上がる闘争の炎が確かに存在した。

 最上位者たる魔人から伝わる焼けるような戦意は配下達にも感染する。

 軍人特有の上意下達故か、それとも互いへの信頼、結束がなせる業か。

 諦観が支配していた室内が、闘争の色に塗り替えられる。


『諸君、我の命令は諸君らにとっての絶望である!


 だがしかし、後の者達にとっての希望である!!』


 彼らの瞳に、顔に、態度に湧き上がってくるものは絶望ではない。

 希望でもない。

 楽観でも、悲観でもない。


 覚悟である。


『覚悟せよ。

 これより挑むは決死の泥戦である!


 奮起せよ。

 我らは決して無駄死にしてはならない!!


 肝に銘じよ。

 例え最後の一兵となろうとも、唯只管ただひたすらに戦い続けると!!!』



『応!!!』


 高まった戦意は彼らの身体を椅子に縛り付けることはできない。

 一斉に立ち上がり覚悟の咆哮を上げる魔人達。

 死を覚悟し、後に託すため全てを賭けようとする歴戦の兵共つわものども

 

 だが、彼らの戦意は無粋な乱入者による一報で水を差された。



『失礼します!』



 突如駆け込む伝令。

 何事かと室内の視線が一斉に彼へと注がれる。



『ご報告します!

 つい先ほど、第206捜索大隊との連絡が突如途絶えました。

 その後、付近に派遣した第225捜索大隊も連絡を絶っています』



『———— っ!!』



 状況を考えれば、明らかに敵の襲撃による被害。

 予想よりも早く大きな被害。

 出現より僅かな時で準備を整え、僅かな情報も持ち帰らせずに2個大隊2000名をあっという間に平らげた敵の戦力。

 先程まで戦意が高ぶっていた魔人達に動揺が走るも、この程度は既に覚悟していたこと。

 決意を強めはすれど、彼らの戦意を挫くことは叶わない。



『諸君、いよいよ我々の戦いが始まったぞ!

 己が生において一番の晴れ舞台だ!!

 せいぜい長々と厭らしく演じてやろうではないか!!!』




 気勢を上げる魔人達。

 自らの死を受け入れ、闘争の覚悟をした綺羅星の如き英雄達。


 しかし、彼らを襲う悲劇は終わらない。




『っ、失礼します!

 

 続報です!!


 第24重装師団司令部、陥落しました!!!

 師団長以下おおよそ1000名討ち死にです!!!』




『馬鹿なっ!!!?』



 驚愕に彩られた魔人が悲鳴のような声を上げた。




 西暦2045年8月10日午前10時37分 日仏連合、奇襲ニ成功セリ

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