第八話 魔界第4層

 西暦2045年8月10日、主要七ヵ国戦略指針会議から7日目。

 高度魔法世界、末期世界、機械帝国の第4層ダンジョンを、第三世界諸国が3つに分かれて攻略していた。


 高度魔法世界には親同盟諸国21ヵ国36名・新興独立国家協定4ヵ国8名・アフリカ連合25ヵ国36名・無所属国家1ヵ国1名。

 末期世界には親連合諸国19ヵ国33名・ラテンアメリカ統合連合8ヵ国13名・汎アルプス=ヒマラヤ共同体4ヵ国8名・無所属国家6ヵ国12名。

 機械帝国には自由独立国家共同戦線11ヵ国16名・島嶼諸国連合8ヵ国11名・自由アジア諸国共同体4ヵ国7名・無所属国家6ヵ国11名。


 第三世界諸国の探索者達は鍛え上げた能力と戦闘経験、次元管理機構謹製の異世界産兵装を用いて奮戦していたが、第4層となり更に増強された敵勢力は彼らの善戦を許さなかった。

 第3層と比較して一世代分能力を飛躍させた敵の兵装。

 訓練と統制が十分に行き届き、効率的な戦術を駆使する敵軍。

 それまでの敵種族と段違いの能力を誇る新種族の出現。

 死者こそ出ていないものの、無数の重軽傷者を出し予断を許さない戦況。

 

 その状況の最中、人類の主力たる三大勢力、人類同盟・国際連合・日仏連合が遂に異世界に対し侵攻を開始した。



『人類同盟、8個機甲師団4個航空艦隊を主力として高度魔法世界第4層へ侵攻開始』



『国際連合、7個機甲師団1個防空師団1個航空師団を主力として末期世界第4層へ侵攻開始』







 魔界第4層。

 標高2000mは超えるであろう雪のように白く巨大な岩山が連なる山岳地帯。

 山肌には草木1つ生えておらず、斜面は棚田を彷彿とさせる多段形状となっている。

 火山地帯でもあるようで、山々の各所からは温泉が噴き出しており、その蒸気によって見通しは良くない。

 温泉特有の腐卵臭が源泉地から離れたふもとに設置されている安全地帯にまで漂う。



『ミッション 【早期攻略特典】

 2045年8月17日23時59分までに魔界第4層を攻略しましょう

 残り時間 160:54:34

報酬 LJ-203大型旅客機 8機

依頼主:日本国国防大臣 加藤清正

コメント;軍への志願者が少なすぎて不味いかもしれん』



『ミッション 【外交的ガラパゴス化からの脱却】

 出来る限り早期にダンジョン攻略を行い、他勢力と合流して貸しを作りましょう

報酬 エアバスA-620大型旅客機 8機

依頼主:フランス共和国外務大臣 クレモン・ル・フレム

コメント;戦後が恐ろしくなってきました』



 毎度お馴染みの42式無人偵察機システムによる索敵を行っているが、ダンジョン第4層は陸軍の小型偵察機では網羅できそうにないほど広大だ。

 おまけに観測データを見る限り、敵は地下に潜伏しているらしく地上に敵影は存在しない。

 そして本国政府はこの広く険しく視界の悪いダンジョンを、たった1週間で攻略しろとおっしゃる。


 俺達チーム日本は僅か3名と20体。

 踏破能力の高い多脚戦車も、一つの段差が数mもあるような多段式の温泉地帯では分が悪すぎる。

 このような状況下での無茶な命令。



 なんたる無謀。

 なんたる無理解。

 なんたる愚劣。



 俺達の視点を通して周囲の光景が見えている筈の本国は、現場をまるで理解していない。



「あれ?

 ぐんまちゃん、なんだか楽しそうですね」


「トモメ殿、笑っているでござるな」



 本国政府から発令されたミッションに頭を悩ましている俺。

 そんな俺を見ていた高嶺嬢と白影の二人が、俺の意に反して可笑しなことを言う。


「そうかな?」


 確かめようと手を顔に当てる。


 俺の目は細まっているのか?

 俺の頬は緩んでいるのか?

 俺の口元は吊り上がっているのか?


 分からない。


 いつもと変わらない。



「嬉しそうな顔でござる」


「ワクワクしてますね」


 

 だというのに、彼女達はそれを否定する。



 保身と利権の事しか入っていない頭脳に火が灯る。


 小物としての本能が祖国からの指令を全身全霊に浸透させる。



 可笑しいな。


 ああ、可笑しい。



 こんな理不尽極まりない命令をされても、俺はそれを実行しようとしている。



 日本国1億3000万人。

 フランス共和国6000万人。

 合計2億人近い人々が今の俺達を見守っている。

 彼らの生活が、命運が、未来が、俺達の双肩にかかっている。

 


 頭の回転率が跳ね上がった。



「そうかも、知れないな」



 手で確かめなくても分かる。

 俺の頬が吊り上がった感触。



 端末を慣れた手つきで操作。


 山々から流れてきた蒸気、温泉川により濡れた岩場の扇状地。


 その地を光が一瞬包み、次の瞬間には1000を超える装甲車両、100を超える航空機、モジュール化された基地設備、夥しい戦争資材が整然と並ぶ。



「ヘイヘーイ、私、テンション上がってきましたよー!」


「流石に気分が高揚するでござる!」



 高嶺嬢がマントから大太刀を取り出す。

 白影が大きめの手裏剣を顕現させ、カッコいいニンニンポーズをとる。



 俺達は日仏連合、たった2ヵ国だけの国家連合、僅か3人の小勢力。

 俺達は日仏連合、最初にダンジョンを攻略した人類の最先鋒。

 俺達は日仏連合、最も多くのダンジョンを攻略し、最も多くの敵を殺し尽くした人類の最精鋭。



 日仏連合に敗北は許されない。

 日仏連合に苦戦は許されない。

 日仏連合に足踏みは許されない。



「高嶺嬢、白影」



『はい』



「美少女、美少年」



ガンッ!!



 最大速度で回転する俺の頭脳が出した回答はたった一つ。



 やるしかねぇ。



 目を血走らせ、頬を吊り上げて、心臓と胃をキュウキュウさせて、覚悟を決めた俺は虚勢を張り上げる。



「いっちょ、やってやろうじゃないか」




『日仏連合、3個機甲師団1個飛行旅団を補助として、特典持ち2名を主力として魔界第4層へ侵攻開始』

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