第六話 リセッツュ除菌EX~違和感が残らないタイプ~
各自が腹黒さ全開でバチっていた主要七ヵ国戦略指針会議では、ダンジョン攻略分担や方針の他にも様々な事項が話し合われた。
その中の一つに主要国の参戦解禁日指定条約というものがある。
これは公女が執念の末にねじ込んだダンジョン攻略ルールであり、要点を言えば人類同盟、国際連合、日仏連合の三大勢力は第3階層を全て攻略後もしばらくは第4階層に入ってくんなというものだ。
ダンジョンの早期攻略という人類共通の目標に対し、正反対を向いているとも言えるこの条約。
三大勢力の元首達がお互いに潰し合っていた最中、中小国家の資源確保やら探索者全体の経験値習得やら様々な御題目を並べた公女が主導して締結されてしまった。
その結果、俺は条約締結から7日間のダンジョン戦争参戦禁止を喰らってしまったのだ。
7日間で第三世界の中小国家共がどこまでやれるか未知数だけど、俺達大国の巻き添えを喰らった勢力に加盟する小国勢はいい迷惑だろうな。
どうせ同盟も連合もダンジョンで得られた魔石の大部分は、出資者の列強諸国が天引きしてしまうだろうし。
どこに所属していようと小国に余裕がある国なんていないだろう。
まあ、厳しい状況に追い込まれているのが、小国だけかと言うとそうでもないのだけど……
「—— トモメ殿は何を見ているのでござるか?」
食堂で現状をまとめた資料を確認していると、近くのテーブルで香水だかアロマだかの配合をしていた白影が後ろから覗いてきた。
趣味でアロマテラピーをやっていた白影からは、原料であろう柑橘系の香りが漂ってくる。
たかだか香りで精神がどうこうなるとは信じがたいが、女子は昔からそういうのが好きだからなぁ。
「これは各国がダンジョンの第3層でどれだけ戦費をかけたかの資料だよ」
飛び級で博士号保持者である意外と秀才な白影は、それといくつかの数値だけで資料の概要をつかめたのか、得心が行ったようにコクコクと頷いた。
金紗のポニーテールがフサリと揺れる。
俺に覆いかぶさるかの如く、やたらと距離の近い白影の息遣いを感じながら、俺はふと思った。
彼女から香る女子力高めのオシャレ臭はとっても素敵だけど、忍びとしては致命的じゃない?
そもそも性格からして忍者に向いてないよね。
「ふむふむ…… 見た限り同盟は戦果の割に戦費の消費が酷いでござるな。
戦術が弱いのか戦略が定まっていないのかは分かりませぬが、端的に言って馬鹿な金のかけ方をしていそうでござる」
端的に言って自分の古巣を馬鹿にする白影。
垂れ目がちなパッチリ蒼目が特徴的な彼女は、可愛い系美少女な見た目の割に時々えげつないことを言う。
見た目だけは…… 見た目だけは、柔らかめなんだけどね。
「元首の下で強固に統制されている連合に比べれば、一枚岩になれない同盟は戦術面で劣っているのは確かだね。
ただ……」
おっと口が滑った。
「…… ただ?」
白影が首をかしげて続きを催促してくる。
「………… まあ、同盟は物量面で連合を上回っているからなー。
それだけ豊富な資金を投入できるんだろうね」
言葉を濁した俺を白影がジーッと見つめる。
宝石のような蒼い瞳に映る俺の顔は、内面を上手くごまかせているだろうか。
無言のまま流れる時間。
透き通っていると錯覚してしまう蒼い瞳に意識が吸い込まれる。
彼女から香る柑橘系の香りが、いつの間にか不思議な花の匂いに変わっている。
なんだかフワフワした気分になってきた。
視界の中で蒼がだんだんと大きくなっていく。
潤みを帯びる蒼玉。
頭が思ったように回らない。
唇に感じる少女の吐息。
咲き誇る花々に埋もれる鼻孔が脳髄を痺れさせる。
あれ、こんな展開、前にもあったような……?
鈍い頭にそんな疑問が過ぎった瞬間、視界を覆い尽くそうとしていた蒼が飛びのいた。
目前に噴射される無臭のジェット。
同時に脳裏を侵食していた花の香りがスッキリ消臭!
う、う、う、うぅぅぅぅ………… しゅっきりー!!
「…… いつも邪魔ばっか」
それまでカードゲームをしていたというのに突然、室内消臭に目覚めた美少女1号。
もしかして白影のアロマ臭が気に喰わなかったのか?
白影もせっかく調合した香りをリセッツュされているからか、ブスッとした顔でブー垂れていた。
俺に体を密着させながらへそを曲げる白影。
少女特有の柔らかい感触にちょっぴりドキドキしながらも、俺は書類を読み進める。
白影には適当なことを行ったものの正直な所、同盟の…… エデルトルートの戦略がどこまで広がっているのか、俺は掴み切れていない。
それはアレクセイと意見を交わしても変わらない。
一つ一つの方策における狙いはわかる。
手法に至っては手に取るように把握できる。
だが全体像が見えてこない。
第3層攻略における戦費と獲得魔石
戦費 魔石
人類同盟 850億$ 6.1万個
国際連合 320億$ 3.3万個
日仏連合 182億$ 16.9万個
第三世界 40億$ 0.34万個
雑多な第三世界諸国は置いておくとして、財政的な数値だけ見れば同盟はかけた戦費の割に獲得した戦果の比率が小さいように見える。
だが軍事的観点から見ると、また違った見え方になる。
第3層攻略完了時点での軍事力
装甲車両 航空機
人類同盟 5000両 944機
国際連合 4000両 168機
日仏連合 1600両 456機
装甲車両は戦車や輸送車をごっちゃにした数だし、航空機では固定翼機と回転翼機すら区別されていない数値。
日仏の航空機数に至っては手持ちサイズの無人偵察機360機分が含まれちゃってるしな!
それでも軍事面で見れば、同盟は他の勢力と比較して陸空のバランスが高い次元でとれている。
しかも第1層、第2層、第3層と様々なダンジョンでの戦闘を経験することで、その戦術的な蓄積経験は、機械帝国での陸戦を主体とした戦闘しか行っていない連合より遥かに勝るだろう。
こうした要素を考慮に入れれば、同盟の巨額な戦費も将来への先行投資といった見方ができる。
単純に考えれば、同盟を率いるエデルトルートは長い期間を経て鍛え上げた精強な軍で、後半のダンジョン攻略を優位に進めるつもりだと誰でも予想できる。
そしてこの狙いに気づいた連合などの他勢力は自分達も陸空の混成軍を構築しようとし、結果的に泥沼の軍拡競争に引きずり込まれる筈だ。
そうなると、地力に勝る同盟の戦略的勝利は揺るがない。
だが、果たして彼女の狙いは本当にそれであっているのか?
人類同盟という巨大組織の指導者。
その席に超大国アメリカを抑えて座り込み、いくつもの地域覇権国家、列強、大国を抱え、内部に政争を無数に抱えながら幾多のダンジョンを攻略してきた女傑。
政争を解決できない彼女の内政能力は、盤石の組織を作り運営しているアレクセイに劣るだろう。
列強クラブ、有力者の中から自分への信奉者を作れないカリスマ性は、自国と同格以上の国家ですら従属させる公女に劣るだろう。
戦術に至ってはお寒い限りだ。アレクセイと公女、そのどちらにも劣るだろう。
だが、人類同盟指導者エデルトルート・ヴァルブルクの戦略は本物だ。
もしかしたらもっと広い視野で、気づいた時には取り返しのつかないような状況を作り出そうとしているんじゃないのか?
俺はそれに気づけるか……?
気づいた時、奴の戦略を食い破ることができるか……
どこまでも、どこまでも……
深く、深く………‥
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