第五話 美少女とお菓子
「はぁ、疲れた……」
色々あったけど超大国と地域覇権国家による主要七ヵ国戦略指針会議はなんとか終わった。
野心をあらわにする連合のアレクセイ、厭らしいタイミングで言質を獲りにくる公女、顔の怖いエデルトルート。
恐ろしい潜在的敵国を相手にして這う這うの体で自分の根拠地へ帰ってきた俺は、食堂に辿り着くやいなやそのままテーブルに突っ伏した。
「ひゃぁ、ぐんまちゃん、だいぶお疲れですねぇ」
食堂でお茶を飲みながら従者ロボ達のテーブルゲームを眺めていた高嶺嬢。
彼女は俺を
あ、茶柱立ってる!
「すぐにご飯食べますか?
それともお風呂にします?」
机に頭を載せている俺と目線が合うように高嶺嬢が膝を屈めて聞いてくる。
お茶を乗せてきたお盆を胸に抱える様は何ともあざとい。
「うーん…… 今はちょっといいかな」
会議ではエデルトルートから何とか主導権を取り返しはしたものの、その後は日独露
結果、俺達日仏連合はいつも通り魔界の攻略権を獲得できたが、その後は公女一派と第三諸国勢が待つ機械帝国へ増援に向かわなければならなくなってしまった。
4つのダンジョンの中では最も割りが良いとされる機械帝国を勝ち取るとは、分かっていたけど公女の外交能力は侮れない。
その他の決定事項として人類同盟は高度魔法世界、国際連合は末期世界を担当する。
同盟は3度目となる高度魔法世界だが、連合は初の末期世界。
今まで機械帝国で巨大な機械兵を相手に機甲戦を行っていた連合は、天使達航空猟兵に上手く対応できるのか……
「ぐんまちゃん、ぐんまちゃん」
顔を伏せたまま考え事をしていると、高嶺嬢がいつもより気持ち穏やかな声で俺を呼ぶ。
声だけなら正に深窓の令嬢だな。
「どうしたんだい?」
顔を起こすことなく、向きだけ変えて返答する行儀の悪い俺。
「これ、作ってみたんです」
そんな俺の前に置かれたのは、皿に載った半透明のプルプルした物体。
半透明の厚皮越しに様々な色の餡が見える。
涼し気な感じだ。
「水まんじゅうです。
小さい頃、私が落ち込んだ時にお母様が作ってくれたので……」
そう言って儚げに笑う彼女は、元々の素材の良さもあり茹で上がった俺の頭を冷やすには十分だった。
というか彼女は疲れている俺を見て、落ち込んでいると勘違いしているのか?
まあ、全国民が見てる中、ここまでされて断ったら俺の評判がヤバいので、せっかくだし頂くとしよう。
「ほー、そうなんだ。
じゃあ、いただきます」
適当に黒い餡が入った水まんじゅうを口に放り込む。
どうせこれが
他の色の餡はなんか怖いからあまり————
美味い。
「美味い」
味、風味、触感、どれも主張は強くない。
しかし滑らかな舌触り、すっきりした歯切れ、そっと広がる風味、包み込まれそうな甘み。
全てが計算され尽くされたバランスの上で、極めて上品に調和している。
「ふふ、ありがとうございます」
俺の顔を見ながらニコニコしている高嶺嬢も気にならない。
餡の色なんざ気にかける余裕はない。
俺は無心で目前の甘味を己が口に入れ続ける。
餡子、栗きんとん、抹茶、梅、柚子…… みんなちがって、みんないい。
「…… あっ、ふぅ」
気づけば皿の上には何も残っていなかった。
舌を落ち着けるために飲んだ緑茶も堪らない。
ぐんまちゃん、とってもまんぞく!
「………… やっぱり、ぐんまちゃんのそういう顔が一番好きですね」
一服して落ち着いたところで横を向けば、従者ロボ達がいつものようにボードゲームを楽しんでいる。
思えば奴らもずいぶん数が増えたなぁ。
最初は美少女と美少年の2体だけだったのが、今じゃ20体だもん。
テーブルの上では1対1でカードゲームをやっているようだ。
並べられたカードを見る限り、いつの間にか祖国で発売されていたダンジョン戦争トレーディングカードゲームだ。
どうやらブームはまだ続いているらしい。
9抜き中の美少女1号が記念すべき10人目である美少年7号をパーフェクトゲームで叩き潰す。
あいつの【上野群馬】×【ホモ】デッキは、それぞれの特典が同じ従者召喚系という特徴を絶妙に活かして、物量と各種サポートで相手を追い詰める玄人向けのデッキだ。
美少年7号の【ガンニョム】×【戦略原潜】のヒョロガリデッキも良い構成だったが、【上野群馬】の豊富な戦術サポートカードで封じ込められてしまったのが痛かった。
せめて【エデルトルート】か【アレクセイ】がいれば……
勝利した美少女1号は連勝記録を10のままに、一旦デュエルを止めて俺の隣にドカリと座った。
手には賭けデュエルでもしていたのか、勝者の証であるクッキーがどっさり入ったバスケット。
クッキーは恐らく白影が定期的に作り置きしているものだろう。
従者ロボ達は彼女の作り置きお菓子を毎日決められた量を配給されていた筈だ。
美少年7号を始めとする10体の犠牲者から分捕ったクッキーが、俺に向けてズイっと置かれた。
美少女1号を見れば、赤い双眼がキラリと光る。
「くれるの?」
言葉を発することのできない美少女1号が無言のまま頷いた。
「ありがとね」
白影の料理の腕は十分知っている。
きっとこのクッキーも作り置きとは思えない美味しさだろう。
それじゃあ、頂きま——
俺の伸びかけた手を差し置いて、横からにょきっと手が生えた。
手はクッキーを1枚掴むと、手の持ち主である高嶺嬢の口に入れる。
「…… むぐ、むぐ」
驚くべき無表情でクッキーを咀嚼する高嶺嬢。
「ごくん…… うぅん………… むぅぅぅ………………」
悩まし気に形の良い眉を歪める高嶺嬢。
「……………… まあまあ、です」
がっくりと肩を落とす高嶺嬢。
君達って本当にお互いへの対抗心が凄いよね!
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