第四話 カリカリするなよ、ドリルガール!

「では会議を再開しよう」


 議長役のエデルトルートの号令一下、第4層攻略に関する会議が再開された。


「さて、公女殿下、我々からの要請への返答を聞かせて貰いましょう」


 再開早々に公女への詰問を行う女傑。

 対する公女は休憩中に名案でも思いついたのか、不敵な笑顔で迎え撃とうとする。

 その姿に先程までの情けない影は無く、いつも通り王族としての風格があった。

 しかし、エデルトルートへの返答は意外にも公女以外から発せられた。


「妾は——」


「少し待って欲しい」


 声の主は国際連合元首アレクセイ。

 思わぬ人物からの横入に、エデルトルートがジロリと無感情な視線を向ける。

 一方、自分の発言に被せられた公女はポーカーフェイスを装って大人しくしているが、纏う雰囲気は少し不満気だ。

 ヘイ! そうカリカリするなよドリルガール!


「休憩中、改めて検討した結果、ルクセンブルク大公国に対する今回の要請は極めて不当なものだと判断した。

 国際連合はルクセンブルク大公国への不当要請に強く抗議し、要請内容の再検討を要求する」


 休憩前と一転、公国への要請に反対の意を表明するアレクセイ。

 彼の隣席に座る同じく連合に属するブラジルの探索者であるケイラが、盟主である彼の言葉に同意するよう強い視線で頷いた。


 足並みを揃える国際連合に対し、対抗勢力である人類同盟の3人は予想通りとでも言うかのように動揺一つ見せない。

 どうやらこちらの手の内はある程度読まれていたか。

 まあ、このくらいはこちらとしても予想の範囲内だ。


「ルクセンブルクへの要請は貴国らも連名で同意したはずだが、直前になって反対するとはな……

 どういう心変わりだ、再検討案は考えてあるのか?」


 アメリカの探索者マイケル・ログフィートが、油ギッシュなムッチリほっぺをテカらせながら嫌味交じりに発言する。

 いやはや、唯一の超大国という反則条件でありながら、同盟の主導権をドイツにまんまと握られたお米の国は言うことが違いますなぁ!


「高度魔法世界攻略、13ヵ国に対する物資支援、どれもルクセンブルクの国力に対しあまりにも過分な要求だ。

 我が国は先の2項目を取り下げ、より穏健な内容を再検討するべきだと考える。

 もしルクセンブルクにダンジョン攻略を一任するようなら、国際連合はルクセンブルクと同じ戦場で肩を並べるつもりだ」


 特典情報の開示は撤回しなかったが、かなり公国の肩を持つ内容だ。

 しかも公国が不当な状況になったら、自分達は公国に味方するときた。

 アレクセイとの事前の話では、公女のフォローに徹するという事しか決めていなかったが、俺の控室を出てからの短時間で国際連合は公女一派の取り込みを決めたらしい。

 我が国への裏切り行為ではないものの、なかなか思い通りには動いてくれないようだ。

 全く、食えない男だよアレクセイ。


 だが、想定内だ。


「ルクセンブルク単独ではなく、第三世界諸国の大半も任せるつもりだった筈だが?」


「人類同盟は高度魔法世界第3層に一体どれほどの戦力を投入していた?

 かけた戦費は?

 どれも第三世界諸国から捻出できるものではない」

 

 エデルトルートとアレクセイ、大勢力を率いる者同士の言葉の応酬。

 アメリカやブラジルは蚊帳かやの外、当事者の公女は沈黙を保って様子見か。

 まあ、狙い通りかな?


 俺とアレクセイの控室での話し合い。

 俺は彼にルクセンブルク大公国、公女一派を同盟、連合、日仏に続く第4の勢力にして人類主力の戦力を強化する構想を語った。

 その過程で同盟参加国や親同盟諸国の引抜付きでだ。

 同盟の弱体化を図るアレクセイは勿論これに興味を示し、公女一派の排除を暗に仕掛けようとしている同盟への妨害工作を俺と共同で行うことに同意した。

 実際には公女一派の第4勢力下ではなく、自勢力への引き込みを企んでいたようだが。

 どうせ公女一派が第4勢力化しなくても、人類主力の戦力が結果的に向上すれば良いんでしょ? みたいなことを考えているに違いない。


 見当違いだけどね。

 俺の真の目的は、有力勢力の増加による人類間対立構造の複雑化、戦後における敵味方の分布をモザイク状にして日仏の各個撃破を防ぐこと。

 お互いの内情がそこそこ知られている現状では、おそらくエデルトルートには読まれてそうな怖さもある。


 でもその時はその時だ。

 アフリカ連合、新興独立国家協定、ラテンアメリカ統合連合、自由アジア諸国共同体など次の弾は沢山用意している。

 俺が第4、第5の新勢力を確立させるのが先か、エデルトルートの戦略が全てを踏み潰すのが先かの勝負だな。

 それともアレクセイが次から次へと飲み込んでいくかな?


「妾からも良いかしら?」


 対立を続ける同盟連合間にミニ国家が割って入った。

 エデルトルートとアレクセイは元より、会議に参加する全国家からも公女へとどこまでも冷たい視線が投げかけられる。

 おー怖い。

 

「当事者である我が国の意見も重要でしょう。

 我が国は先に要請された三項目、全ての撤回を要求致しますわ」


 今更な発言に全員が公女の正気を疑った。

 そんなことが許されるなら先程までのやりとりは全て意味を無くしてしまう。

 そもそも話が進んでいる最中にボーっとして黙認状態だったのはお前だろう。

 そんな声が聞こえてくるようだ。


「その代わり、妾は——」


「いいだろう」


 言葉を続けようとする公女が、再び上から言葉を被せられた。

 今回の声の主はエデルトルート。

 先程まで公女にナイフのような視線を送っていた彼女は、打って変わって何の躊躇もなく公女の発言に同意してしまった。


「我々人類同盟はルクセンブルクからの要請撤回要求を容認する」


 しかも同盟参加国、アメリカとインドの同意まで既に取付済みか。

 うーん、上手くいかないもんだなー。

 エデルトルートの描く絵図の先がすっかり見えなくなってしまった。

 俺の保身レーダーがやべぇぞこれ! と警報を鳴らし始める。


 こちらをチラチラ見だすアレクセイとケイラの視線を受けながら、俺は自分の掌の上から演者達がいなくなっていくのを静かに感じた。

 

 会議は進む。

 

 奏者が代わっても。

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