第三話 乙女の笑顔

「———— といった感じに公女はなっているだろうな」


 そう言いながら皮膚の下に氷が詰まってそうな顔を悪辣に歪める国際連合元首、ロシア連邦のアレクセイ・アンドレーエヴィチ・ヤメロスキー。

 彼は同じく会議に参加していた国際連合加盟国であるブラジル連邦共和国の女性探索者ケイラ・デ・デボラ・ロドリゲスを連れて、休憩中に打ち合わせという名目で俺の控室を訪れてきた。

 実はアレクセイとは会議の前に何度か打ち合わせをしていたのだが、会議中に今更何を話しに来たのだろう?

 そう思っていたら、唐突に彼の口から嬉々ききとして語られた公女の現状予想図。

 そのあまりのあくどさに俺とケイラは揃ってドン引きだ!


「流石に公女殿下を舐め過ぎだろう」


 俺の言葉にアレクセイがいぶかし気に眉をしかめる。

 対照的に彼の隣席に座るケイラは興味深そうに俺を見る。

 ショートカットにされた褐色の髪と日に焼けた肌が特徴的なケイラは、彫の深い顔立ちも合わさって活発な印象を受ける外見だ。

 盟主であるアレクセイの前だからなのかあまり口数は多くないが、隠し切れない内心が出てしまっているのはただの性格か、それとも男の油断を誘うただの擬態か。


「…… あれはそこまで可愛いものじゃない。

 多少の運はあれど、雑多な小国を纏めて我々地域覇権国家と同じ席まで辿り着いた女だ。

 転んだとしてただで起きる訳がない」


 値踏みするかのように無感情な瞳のアレクセイだが、俺の話が終わるやいなや意地悪そうにニヤリと口端を上げた。


「ほう、あの理想主義者を随分と買っているじゃないか」


 挑発しているのか?

 好奇の色に染まるケイラの碧眼が僅かに細まる。


 テーブルをコツンと一回、人差し指で叩いた。


「俺は彼女を君や同盟の女傑と同等の政略家だと思っているよ」


 記憶の中の公女が、フワリと赤茶のドリルを揺らしてドヤ顔をかます。

 世界の毒素が妾に勝てると思って?


「…………」


「この話はもう止めにしよう。

 まさか国際連合元首がお供を連れて茶飲み話をしに来たわけじゃないだろ?」


 視線が鋭い青目と絡み合う。

 同じ青だと言うのに、白影と比べると瞳自体に全く温かみのない目。

 まるで冷たい氷のよう。


「…………」


 場に沈黙が下りる。

 ケイラが内心を隠し切れずに目元を垂らす。

 

 あれ、もしかして本当にお話ししに来ただけなの?


「今回の会議は表向き、世界で最も影響力の大きい7ヵ国が集まって今後の方針を話し合う場となっている。

 超大国アメリカ、地域覇権国家ロシア、日本、ドイツ、ブラジル、インド。

 それとエッセンスとしてルクセンブルク。

 公国は置いておくとして、どの国々も互角の力を持ち、対等な話し合いの場だ」


 国家を大まかな階級で区別すると、雑多な中小国、優れた技術を持つも国力が極めて小さい先進小国、中小国から大国や先進国へ成長している新興国、成熟した技術を持つ先進国、大きな国力を持ち周辺に影響を与える大国、大国の中でも有数の存在である列強、周辺地域を牛耳る地域覇権国、世界を左右する超大国といった階層状に分別できる。

 この会議では原則として上位2層に属する国々が参加しているのだ。

 地球ならここにいる7ヵ国だけでその他の223ヵ国を制圧可能だろう。


「だが実際は違う。

 そうだろう?」


 氷のように冷たく、何色にも染まらない無色の声。

 俺と彼を隔てるテーブルの樹脂製の白い天板が、照明の光を鈍く散乱させる。

 

「ロシア、日本、ドイツ。


 俺とトモメとエデルトルート。


 人類の意思を決定するのは実質的に俺達3人、国家連合の元首だ」


 人類同盟、国際連合、そして俺達の日仏連合。

 人類の三大勢力と呼ばれる三つの国家連合。

 ダンジョン戦争で人類の主力を担う三軍。


「中華4000年の歴史に三国時代と呼ばれる時代があったな。


 最大の国力を持った魏の国。

 それなりの国力を持った呉の国。

 国力の最も小さい蜀の国。


 国力差はあれど相手に圧勝できるほどではない。

 三つの国がお互いを警戒し合い、時に敵対し、時に協力してバランスを取っていた時代だ」


 ケイラの体が僅かに揺れている。

 内心のウキウキを必死に隠そうとしているが、性格が向いてないように思える。

 ここまであからさまだと演技に見え始めてくるから不思議だ。


 ちなみにアレクセイは側近の状態に気づいていない。


「似ているとは思わないか?

 俺達はそれぞれの勢力で明確に手を組むことなく、お互いの出方を窺いながらこの戦争に勝つため、上手くバランスを取ってやってきた。


 だが、お前はそんな状況に一石を投じた。

 有象無象の観衆でしかなかった第三世界に名と形を与え、その中の大粒をプレイヤーとして無理やりゲーム盤に座らせた。


 何を考えている?

 俺達だけでは不満だったのか?

 お前は何が目的だったんだ?」


 アレクセイの青い瞳。

 その奥に僅かな火が灯っていた。


 彼とは…… 国際連合とは国際裁判で手を組んで以来、仲良くやって来ていたが、俺達の間では同盟関係どころか友好条約すら取り交わされていない。

 本来ならば同じ人類ではあるが、利権と覇権を争う敵同士の関係。


 そしてアレクセイはエデルトルートよりも手段を選ばない。


 日本にとって最も警戒すべき存在だ。


「…………」


 彼は言葉を続けて来ない。

 俺の返事を待っている。


 壁にかけられた時計の針。

 時を刻む音だけが空間を支配していた。


「…… 俺は————」







「———— ということに奴らはなっているだろう」


 独米印の3人が集まったドイツ連邦共和国の代表控室。

 その部屋の中心に座る人類最大勢力の指導者たる女傑、エデルトルート・ヴァルブルク。

 彼女は己の予想を米印の2人に話し終えると口角を吊り上げる。

 

 三大勢力の元首では最も戦略に秀でる女。

 彼女の凶相が獰猛にわらった。

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