第五十四話 とある兵士の戦場風景

『我が従僕達よ!


 我が同胞達よ!!


 我が戦友達よ!!!』



 耳元に装着されたイヤーパッド。

 それを通して聞こえる戦線司令官である日本の探索者トモメ・コウズケ氏の声。

 戦意高揚のリップサービスも含まれてるのだろうけど、最も多くのダンジョンを攻略してきた英雄国家が私達を戦友と呼んだ。

 そのことに、彼の国と肩を述べるのも烏滸がましい発展途上国たる祖国、ブルンジ共和国の探索者である私は奇妙な高揚感を覚えた。


 これがカリスマと言うのかしら?

 それとも私の中の先進国や列強と呼ばれる国家に対する憧れ故かしら?

 かつて隣国の皇帝にまで上り詰めた曾御爺様も人々をこのように扇動していたのかしら?

 私、カトリーヌ・サンバ・ボカサには分からない。



『—— いざっ、我に続け!!!

 

 全 軍 突 撃 せ よ !!!!』

 


 無線機越しに下された開戦の号令。

 同時に、周囲を埋め尽くす巨大な多脚戦車が地鳴りのような稼働音と共に進撃を開始した。

 大の大人と同じくらいの大きさを持つ鉄足が滑らかに動きだす様は、映像や文献で見聞きするよりも遥かに苛烈な体験として刻み込まれる。

 

「アフリカ連合第4小隊、これより進撃を開始します!」


 ルワンダの男性探索者、確か名前はステファノだったかしら。

 アフリカ連合と言う名前だけの組織を引っ張り出して無理やり作られた部隊編成。

 哀れにもその小隊長になったステファノからの指示で、私達は用意された輸送型の多脚車両に乗り込んで他の部隊と共に進軍を開始した。


「…… 思ったよりも揺れないわね」


 同じ部隊になったザンビア共和国探索者の少女、ルイズがおそらく初めてだろう多脚車両の乗り心地に驚いていた。

 その手には日本製の28式6.8㎜小銃が握られている。

 そういえば、ザンビアには昔から日本が積極的に投資していたわね。


「そりゃあそうですよ。

 なんてったってMade in Japanですからね」


 ステファノが得意げにはにかんだ。

 先進諸国の製品、とりわけ日本製とドイツ製に対し無条件の妄信を示すのは途上国あるあるの中でも鉄板と言って良い。

 確かに信頼性と性能の高さは折り紙付きだけど。


「ふーん、そんなことより先頭はもう敵と交戦したみたいよ」


 ルイズは興味なさそうにステファノの発言を流し、車内の情報共有ディスプレイに表示されている戦域情報を指示した。

 日本の無人車両は全て情報が共有化されており、進撃速度の差で遥か遠くで行われている戦闘でも、後方にいる私達まで詳細な情報が届くようになっている。

 流石天下の日本製と言えようか、技術大国の名は伊達じゃない。


 戦域地図にはこの戦線に日本が配備した6個機甲連隊、648両の戦闘多脚車両が連隊単位で進撃している様子が鮮明に描かれている。

 トモメ・コウズケ氏の特典である人型機械兵士は高度な無人機統制能力を有しているようで、無人戦車の集団を一つの有機体のように見事な運用を見せていた。

 

 数時間にも及ぶ日本の狂気的とも呼べる砲撃に耐え、抗戦してきた敵の戦意も侮れないが、日本はそれを圧倒的とも言える技術力と火力で圧し潰す。

 今も地中から出現した天使達の集団が、後方の自走砲部隊による支援砲撃で半径数十mの土地ごと消し飛んだ。

 天使達が空に飛ぼうとしても、要所に配置された索敵仕様の無人車両に察知され、十分な高度を稼ぐ前に対空砲火でバタバタと撃ち落とされてしまう。


「俺っちらの出番ってあるんですかね?」


 ステファノがしおれた顔で随分と情けないことをのたまう。

 この人、元々は気が弱いのかしら?


「はぁ、なっさけないわねぇ。

 あんた、男なら自分で相手の戦果を奪い取るくらい言えないの?」


 ルイズが呆れてため息を吐く。

 勝気な彼女にステファノは言い返すことができず、ただ銃を握りしめて下を向くだけだ。

 彼の持つ銃が同盟の主力銃HK577であり、意外と良い銃を持っていることにほんの少しジェラシー。

 まったく、先が思いやられるわね。


「お前達、くだらないことを言ってないで武器のチェックでもしたらどうだ?」


 悪くなりつつあった空気を強引に断ち切ったのは、パンチパーマが特徴的な中央アフリカ帝国の男性探索者であるアニセ=ベデル・トゥアデラ。

 大戦前の共和国時代には大統領職を務めた家柄らしいけど、第二帝政となった今ではそれなりに苦労していたと以前の会合で聞いたことがある。


「そろそろ前線にも到着する頃合いだ。

 いくら準備しても不足にはならんぞ」

 

 そう言ってコンパクト手鏡を広げて頬と唇の張りやかさつきをチェックする。

 きっと彼の女子力はこの中で一番高い。

 

「…… 流石は第三世界の7英傑と言われるだけあるわ。

 どこかの小隊長とは言うことが違うわね」


 ルイズは感心しながらも、装備のチェックを始めていく。

 7英傑、その名は三大勢力にとってはあまり意味を持たないが、第三世界諸国の中では戦場の希望と言えるほど輝かしい意味を持つ。

 戦車も戦闘機もろくに揃えられない戦場で、その名を持つ7人の男達にどれほど救われただろうか。


「あっ、なんか戦場に着いたみたいですね。

 俺っちが先に降りるんで、皆さん付いてきてくださいねー」


 先に降りるステファノの後に続くべく彼が立ちあがり、乗降ゲートから外に出て行く。


「さあ、戦争だ。

 同胞達に我らが勇を示すぞ」


 7英傑、またの名を☆彡魔法少女☆彡サバンナ☆ブラザーズ。

 その一角であるアニセが、カードコミューンと呼ばれるコンパクト手鏡を開いてチークとリップを己の顔面に塗りたくった。


「ウホウホ☆プリティ・ウェーブ!」


 第20830世界で猛威を振るった脳筋戦士の戦闘装束が、黒く焼け焦げた筋肉を包み込む。


「草原の使者! プリプリ☆ブラック!!」


 黒色の英雄が、戦場に降り立った。

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