第五十二話 鉄の男

ゴゥン ゴゥン ゴゥン ゴゥン ゴゥン


 重厚な機械音と共に百を超えんとする長大な鎌首がもたれ上がり、黒煙で覆われた暗空を睨みつける。

 その下では6本の足を持つ鋼鉄の軍馬が、姿勢を低くしてそれぞれの足から大地にアンカーを打ち込み、来るべき衝撃に備えていた。

 後部には給弾装置が連結されており、それぞれが大量の砲弾を蓄えている。


「…… 35式無人多脚戦車か」


 その光景を少し離れた半地下式のトーチカから眺めるエンジ色のケープ付きローブを身に着けた坊主頭の黒人男性、ボツワナ共和国の探索者モルラハニ・モディサゴシ。

 彼は天高く連なる52口径155㎜砲の群れを見て何を思ったのか。


「知っているのか、モルラハニ?」


 彼の隣に立つイロコイ連邦の探索者タタンカ・ケンドリックがモルラハニの言葉に反応した。

 日本製兵器は第三次大戦以降、世界的に急速な広がりを見せたが、それでも多くの人が知る日本製兵器はそこまで多くない。

 特に元々が海軍国である日本の特色から、日本製陸軍兵器への注目度は海空と比べると少ないのだ。


「日本が誇るモジュラー換装式の汎用無人車両だ。

 開発されたのは10年前とやや古いが、搭載するパッケージを替えることで偵察から弾道弾迎撃までこなす傑作兵器。

 あれらはその砲戦型だな」


 モルラハニが意外な知識を見せる。

 タタンカも俺と同じ思いなのか、赤茶色の顔に少しだけ驚きを浮かばせていた。

 彼の持つ鷹の羽飾りがついた槍も、主人の感情に合わせてフワリと揺れる。

 戦友からの反応にモルラハニは詳細を語らず、ただ悪戯っぽくニヤリと笑うだけだった——




 —— さて、連絡要員として俺の近くにいる彼らのことは放っておいて。

 俺は両脇から女性特有の柔らかみや匂いを感じながらも、指揮管制用マルチディスプレイで麾下の従者ロボ達に指示を出していた。


 戦域マップには砲撃態勢を整えた108門の自走砲が3つのグループに分かれている状況が示されている。

 その後方には108基の多連装ロケットが3つのグループに分かれて、こちらも同様に臨戦態勢のまま展開を終えていた。


「………… うぅぅぅ…… ぐんまちゃんぅ」


「………… えぅぅぅ…… トモメェ」


 よーしよしよし。

 両脇の黒髪と金髪をわしゃわしゃ撫でる。


 日仏の戦力の9割9分を担っていると言っても過言ではない決戦兵器コンビを欠いている状況で、どうやったら円滑なダンジョン攻略が可能となるのか?

 俺は考えたね。

 そして昔の偉人が言ったとか言わなかったとかいう一つの言葉を思い出した。


 ソビエト社会主義共和国連邦第2代最高指導者ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・スターリン書記長曰く、砲兵は戦場の神である。


 俺は思ったね。

 困った時の神頼み。

 こりゃあ徹底的に耕すしかない、ってな!


 ぐんまちゃんは鉄の男になって天使達に粛清の嵐を巻き起こすよ!

 

 俺の思い付きで組み立てられた大規模重砲ドクトリン。

 そのドクトリンの影響下で昨日一日使って武器屋から購入した物資は、砲撃部隊だけで自走砲84門、多連装ロケット84基、給弾装置一式、砲弾薬包いっぱいだ!

 中堅国家の平時弾薬備蓄量に匹敵する弾薬類。

 それらを敵地に叩きこむべく、俺は無線機を発信状態に移行する。


「各部隊、撃ち方用意」


 既に臨戦態勢の野戦砲群は微動だにせず砲口を宙へ向けている。


「各部隊、撃ち方始め」


ドオオォォォォォォォォォォォンゥゥゥゥゥゥ

シュュュュュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ


 部隊の展開地点から赤々とした砲火がぽつぽつと生じる。

 一方、空には数えるのが馬鹿らしくなる幾条もの飛翔煙。 


「なんだ、思っていたより寂しいな。

 全部の砲では撃たないのか?」


「タタンカ、おそらく各砲列で代表して砲撃し、射角などを補正しているのだろう。

 より効率的な砲撃を行うための前準備だ」


 やがて遠く離れた敵が潜む山火事現場に吸い込まれていった。

 肉眼では見ることのできない着弾地点は、あらかじめあちらに展開していた偵察機からの画像で把握できる。


「偵察機からの弾着座標を受け取り次第、修正射を開始せよ」


 各砲群から次々と目標地帯に着弾させる為の修正射が放たれる。

 弾頭に誘導装置が付いているので修正射の必要がないロケット部隊は、その間にも一発1200万円の220㎜収束墳進弾を次々と撃ち込んでいく。


 ぐんまちゃん、なんだかとってもすがすがしい!


 俺が清々しい気分になっていると、いつの間にやら自走砲の修正射が完了していた。


「全部隊の諸元修正完了を確認。

 これより効力射に移る。


 全砲門、撃ち方始め」


 その瞬間、大地が噴火した。


「ヌゥゥゥゥ!!?

 目がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「だからあれほど肉眼で直視するなと……」


 辺り一面を覆い尽くさんばかりの砲火。

 地面と空気の震えがブワリと全身を伝わる。

 発射地点からそれなりの距離があるにもかかわらず、耳が一瞬聞こえなくなり、膨大な光量に視界が白く濁った。

 脳筋インディアンと同じ失敗でクッソ恥ずかしい……


 そして6秒ごとに1発の速度で砲撃が連続する。

 ようやく回復した視界でサングラス越しに見た景色は、望遠鏡や偵察機の遠隔画像を使うまでもなかった。

 燃え落ちることなくいつまでも燃え盛っていた山火事現場は、投入され続けている膨大な鉄量と火薬によって消し飛ばされていた。

 遠目で見ても、赤い火の色より無数の着弾地点から巻き上げられた土煙の褐色が目立つ。


「撃ち方止め。


 指示があるまで待機せよ」


 およそ30分間。

 都合2万発近い155㎜榴弾と6千発を超える収束墳進弾を叩きこんだ結果、周辺の山々は無残な山肌を晒していた。

 15㎞以上離れた場所から見ても、敵である天使どころか草木一本残っていない。

 所々で土砂崩れも発生していて地形ごと劇的ビフォーアフターとでも言えば良いのか。


 でも心配だからもうちょっと!


「砲撃を再開する。


 全砲門、撃ち方始め」


 再び108門の自走砲と108基の多連装ロケットが吠えた。

 

「ヌゥゥゥゥゥゥ!!?

 また目がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「だからあれほど……」


今度はぐんまちゃん、だいじょうぶ!


「—— 撃ち方止め」


 およそ15分間の効力射を追加で行い、山々はもはや原形をとどめていない。

 収束墳進弾、つまりクラスター爆弾も万単位でばら撒いたので、きっと不発弾がシャレにならない数で埋没していることだろう。

 対地雷防御を施された装甲部隊以外は絶対に入っちゃいけない危険地帯だ!


「敵潜伏地帯、完全に沈黙を確認。


 ………… やっぱり撃ち方始め」


 …… 仕方なかったの。

 だって心配だったの。

 にんげんだもの。


 結局まるまる1時間の自走砲とロケット弾の効力射を行い、なんだかんだでその後さらに自走砲のみで2時間の効力射を行いました!

 タタンカとモルラハニの、えっ、まだやるの? と言いたげな目がしばらく忘れられそうにありません。


「さあ諸君、配置に就くんだ。


 戦略規模の機甲戦を始めよう!」

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