第四十九話 乙女達の慟哭

———— カッ ————


 一瞬、眩い光が全てを白く塗りつぶす。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ


 一拍遅れて重い地響きと共に地面が小刻みに揺れた。



「————」


 光に潰された視界。

 

 白濁した景色しか移さない眼球であっても、自分の鋭敏な五感は目の前にいる女の存在を強烈に主張していた。


「————」


 互いの微かな息遣いだけが鼓膜を煩わせる。

 重苦しい沈黙に包まれた空間。


 頭に血が上っているためか足元が覚束おぼつかず、まかり間違えば夢の中のようだと思ってしまいそうなほど思考にもやがかかっている。


 しかし、自分の右手に感じる熱と鈍い痛みが、確かにここは現実であることを示していた。


「…………」


 だんだんと視覚を取り戻せば、釣り目がちな赤銅の双眼が私を真直ぐ見据えている。

 白磁のような頬は感情の高ぶりを表すように僅かな紅潮が見られる以外に何ともない。

 鉄の塊を馬鹿正直に殴りつけたかのような惨状の自分の右手とは大違いだ。


 努めて冷静な思考を取り戻そうとするも、それを掻き消す感情の波が止めどなく押し寄せる。

 ジンジンと熱を持つ自分の右手がそれを助長する。

 バクバクと激しく鼓動する心臓が煩わしい。


「…… 気は済みましたか?」


「っ……」


 少しの人間味もない平坦な声がふらついた心に突き刺さる。

 ひときわ激しく高鳴った鼓動が脳にまで響き、思わず緩みかけた涙腺を無理やり押さえつけるために歯を食いしばった。

 しかし、表面上は我慢できても今まで以上に頭へと昇ってくる血流は熱となって私の思考と感情を乱し続けていく。

 顔の大半を覆ってくれる覆面がこれほど頼もしく思えたことは無い。


「私は…… 私は、ストーカーなんかじゃ、ないっ……!」


 なんとか絞り出した声は自分でも分かるほど震えていた。

 情けなさと悔しさで頭が更に熱を持つ。

 最悪の悪循環。


「今更そんなことを言っても——」


 何か言おうとしている白いのの言葉を反射的に遮り、感情のままに叫ぶ。


「—— そういうあなたは唯の自己満女じゃない!」


「えっ」


 虚を突かれて一瞬固まる彼女の顔。

 そして、その瞳孔が一気に開いたのは隠しようがない。

 でも、最早まともに機能しなくなってしまった私の頭ではそれを利用することなんて考えられず、ただ感情の赴くままに口から悪意を吐き出していく。


「いつもそう!

 あなたはあの人を尊重しているようで、結局は自分のしたいようにしてるだけじゃない!!」


「そんなことないです!」


 彼女は眉間に皺を寄せ、大きな瞳を吊り上げる。

 怒りに染まる顔を見て、私の感情もより一層燃え上がった。


「あるよ!!!

 今回だって何が『私はそれを守りますし、守らせます』だよっ!

 自分が何もできないからって良い子ぶらないで!!

 いつもは好き放題やってる癖に!!!」


「それはあなたの事じゃないですか!!

 ちょっと頭が回るからって、いつもいつもいつもっっ、私の事を馬鹿にしてっ!

 いい加減にして下さい!

 もうウンザリです!!!」


 互いの金切り声が狭いテント内で響き合う。

 極度の興奮で耳鳴りが酷い。

 頭に血が上り過ぎて足の感覚が無くなっている。

 視界の端からどす黒い闇が侵食していく。


「私だって、っ、ウンザリだよっ!

 そもそも、『群馬ぐんまちゃん』って何だよ!?

 あの人のっ、名前はっ、『群馬トモメ』でしょ!!?

 ローカルッ、ネタで、勝手に盛り上がらないっ、でよっっ、自己満女!!!」


「『群馬ぐんまちゃん』はぁっ、『ぐんまちゃん』です!!!

 あなっ、た、だって、毎日毎日なんでウチに来るんですか!?

 しかもっ、ご飯、まで作り出すしっ!!

 ハッキリッ、言って異常ですよっっ、ストーカー女!!!」


 鼻奥が震え、視界が一気にぼやけた。

 頭はグワングワンと揺れて呼吸も苦しくなる。

 目尻がとても熱い。


「ひぐっ、異常、なのはっ、そっちでしょ!!

 ヘイヘイヘイヘイ、いつも五月蠅うるさいしさぁっ!

 ズズッ、あなたのっ、戦ってるっ、ところ、あの人にぃ、ドン引きされてるっ、の、気づいてないの!!?

 私とあの人をっ、放って勝手に、狂ってなさいよっ、イカレ女!!!」


「あなたのぉっ、方がっ、おかしいですよぉっ!!

 いい歳してっ、そんな、コテッコテの忍者衣装、なんかっ、着て、NINJAごっこしちゃって!

 しかもっ、結構な頻度でっ、口調が元に戻ってますしぃっ!

 あなたとぉぉっ、一緒にいるだけでぇぇっ、本当にっ、恥ずかしいんですよ!!

 私とぐんまちゃんはぁぁっ、放って、一人でごっこ遊びでもっ、してれば良いじゃないですかぁぁっ、イカレ女!!!」


 舌がうまく回らない。

 耐えることも隠すこともできずに涙がボロボロ零れ落ちる。

 喉が詰まって声すら思うように出せない。


「うああぁぁぁぁ!!!

 ばかおんなぁぁぁぁ!!!

 じこまんおんなぁぁぁぁぁ!!!」


「わああぁぁぁぁ!!!

 ばかぁぁぁぁぁ!!!

 すとぉぉかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 最早偽りようのない泣き声。

 どちらが発しているのかも良く分かっていない。

 もう何も考えられない。


 ドロドロに煮詰まり切った感情をただただ口から吐き出しながら、私は底無しの闇に落ちていった。

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