第四十八話 二人の女子トーク

「———— 俺はこれからこのダンジョンで元々戦っていた国々との会談に行くけど……」


 何気ない風に言うぐんまちゃん。


「君達にはここで大人しく待機してて欲しいんだ」


 心配そうなぐんまちゃん。


「頼むから俺が戻ってくるまでは、単騎駆けとか冗談でも止めてくれよ?」


 何かを訴えたそうなぐんまちゃん。


「本当に頼むからな?」


 切実なぐんまちゃん。


「本当の本当に大人しく待っててね!?」


 必死に何かを頼むぐんまちゃん。


「お願いね!!?」



 そう言いながら設営したテントから出て行ったぐんまちゃん。

 

 それまでポカポカしていた心が、彼の気配が小さくなっていくにつれて冷たくなっていく。


 彼がいたテントの中に私がひとりぼっち。


 ……………… 寂しいな。



 テントの窓から見える景色は見渡す限りの木々や山々が延々と燃えている光景。

 

 ずっと燃えているのに全然燃え尽きない不思議な光景。


 日本にいた頃は画面越しでしか見ることのなかった不気味な光景。


 私の知っている人。私の知っている物。私の知っている場所。私の知っている法則。私の知っている世界。

 何もかもそれらとは違っている怖い光景。


 ………… 怖いよ。



 知らない世界に今は一人。


 …… やだな。



 ぐんまちゃん、早く帰ってこないかな。

 会いたいな。

 ぐんまちゃん。


 ひとりぼっちは嫌だよ、ぐんまちゃん。



「では拙者はトモメ殿を護衛してくるでござる」


「ちょっと待ちなさい、黒いの」



 私はテントからそそくさと出て行こうとする黒いのの肩を掴んで止める。

 辛気臭い頭巾の隙間から覗く蒼い目が、私を鋭く睨みつけた。

 咄嗟だったので力が強かったのか、それとも単純に止められたことが気に入らないのか。


 思わず肩を握る力が強くなる。


「いっ! 離してよっ」


「っ!?」


 我慢できなかったのか、黒いのが思い切り腕を振って私の手を振りほどく。

 その拍子に拳が私の腕に当たり、思わず手を放してしまった。


 黒いのはすぐに距離を取って私への怒りを少しも隠さない。

 私は思わず拳があたった腕を抱えるようにもう片方の手で抑えた。


 沈黙が場を包む。



「ぐんまちゃんはここで待ってるように言いましたよ」


「…… だからと言ってトモメ殿単身で会談に赴かせるのは危険でござろう。

 拙者の隠密なら相手にも気付かれぬし問題あるまい」


「ぐんまちゃんの言いつけを無視するんですか?」


「………… トモメ殿に何かあってからでは遅いだろう?

 要は何事も起こらず、会談に影響が出なければ良いのだ」



—— 戯言 行かせるな ——



 言われなくても行かせない。

 行かせるわけにはいかない。


 黒いのへ向ける眼差しが、だんだん強まっていくのが自分でも分かる。

 同時に、黒いのの眼つきもキツくなっていく。


「お主は行っても役に立たん。

 むしろ邪魔だ。

 トモメ殿のことは拙者に任せて、ここに残っているでござる」


 心底、人を見下した蒼い目。

 汚れて濁った汚いまなこ


 気持ち悪い。


「私達が来ては駄目だと、ぐんまちゃんは言いました。

 私はそれを守りますし、守らせます」


「それでトモメ殿を何度も危険に晒しているでござろう?

 お主のそれは惨めな独り善がり。

 はたから見てる分には滑稽なだけだが、己が巻き込まれては嗤えんよ」



—— 一理ある ——



 直感が黒いのに同意した。


 わけわかんない。


 私は彼の言いつけ守りたいだけなのに。


 私は彼の望みを叶えてあげたいだけなのに。


 なんでそんなこと言うの?



—— 思い出せ 実際に何度か危険に晒してる ——



「…………」



「…… なんだ、だんまりでござるか?」



「…………」



「…… 何もないなら拙者は行かせて貰う」



—— 焦ってる ——



「何を焦ってるんですか?」


「っ、いきなり何をっ」


 テントから出ようとしていた黒いのが、一瞬硬直した後に勢い良く振り向く。



—— 攻め時 ——


「自分の知らないところでぐんまちゃんが色々していることが不安なんでしょう?」


 青い瞳が微かに揺れ動いた。


「馬鹿なことを……」


「確かに馬鹿みたいですね。

 あなたは彼のことを全て知っていなければ気が済まない」


「そんなことはっ——」


「—— ありますよね?」


 間髪入れない返しに蒼い瞳が大きく揺れた。

 彼女の両拳が見ていて痛ましくなるほど強く握られている。


「適当なこと言わないで!」


 お互いが無意識に詰め寄っていたのか、いつの間にか手を伸ばせば届くほど近くにいる黒いの。

 隠そうともしていない怒気が肌で分かる。


「適当じゃないですよ。

 あなた、自分を忍びって言っている割には全く忍べていませんよ? ——」



—— ストーカー女 ——



「—— ストーカー女」


「っ!!」


 垂れ目がちな青い瞳が大きく見開かれた。

 彼女の手が大きく振り上がる。

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