第三十一話 遭難と二次遭難と三次遭難

「———— なんでぐんまちゃんがまだ来てないんですか!!?」


 日仏連合の合流地点として定められた比較的損傷のない建物。

 そのロビーで今しがた到着したハナ・タカミネが悲鳴にも似た声を上げた。


「それは——」


「おかしいです!

 あのぐんまちゃんが私よりも合流するのが遅いなんてありえません!!」


 私、『槍使いの美少女(委員長)』の言葉は感情的になっているハナ・タカミネの声に途中で遮られてしまう。

 戦場では意気揚々と地獄絵図を作り出す彼女が、たかが一人の男の有無でここまで取り乱すなんて驚きだ。

 彼女にとってトモメ・コウズケはそれだけ重要な人物なのだろう。


「どうしよう!?

 もしかしてぐんまちゃん、大変なことになってるんじゃ……

 ああっ、もうっ、どうしよう?

 どうしようどうしよう!?」


 短い付き合いだが、それでも彼女らしくない早口で己の内心をまくし立てている。

 完全にパニックになっているようだ。

 

「わ、私、ぐんまちゃんを探してきます!!」


「っ、それは駄目だよ!」


 遂に感情が振り切れたのか、ハナ・タカミネはここから出て自分で探しに行こうとした。

 しかし流石にそれは『水筒に飲み物を入れてくれる美少女(幼馴染)』に止められる。


「でもっ!!?」


「無謀ですよ、ハナ・タカミネ。

 今あなたが出て行ったところで、遭難者が一人増えるだけです」


「……っ」


 外は数m先も見通せないほどの猛吹雪。

 その上、既に日は落ちて一層寒さと視界の悪さが増している。

 こんな状況で外に出れば、誰であろうと人探しどころか自分が遭難してしまうだろう。


 それに彼のことだ。

 自分のことをさも無力な後方人員だとうそぶいているが、なんだかんだで歴戦の古参兵以上にしぶとい所がある。

 今頃どこかの建物内で暖を取りながら夕食にありついている光景が容易く頭に浮かぶ。

 

「でも、こんな吹雪で、もう夜で……

 きっと凄く寒がってます。

 私はっ、放ってなんて……!」


 恐らく彼女の脳内では、今にも凍え死にそうなトモメ・コウズケが助けを求めているのだろう。

 私達特典美少女シリーズでさえ敵わない絶世の美貌が悲嘆に染まっている。

 この場面だけ切り取れば、彼女は正しく悲劇のヒロインと言えよう。

 戦車の砲塔を素手で引き抜いた化物とは到底思えない。


「トモメ君しっかりしてるし、大丈夫だよハナちゃん」


 幼馴染がハナ・タカミネに寄り添って励ます。

 ちなみに外はしっかりしてる程度の一般人だと無事では済まないくらいの猛吹雪が吹き荒れている。

 ロビーにある暖炉でパチパチと薪が燃える音よりも、分厚いレンガの外壁と木材の内壁越しに聞こえる吹雪の風切り音の方が遥かに大きい。


「そうですよ、彼が遭難するなんて考えられません」


 私と幼馴染の励ましにもハナ・タカミネは表情を変えない。

 敵の口径150㎜は超えている重砲を振り回して周囲の敵兵を挽肉に変えていた時は、血も涙もない狂人だと思ったが、案外彼女は情に厚い。

 というか、本当に彼女は人間なのか?


「でも、私…… 私、ぐんまちゃんに何かあったらっ…… 私っ!」


 遂に涙を流し始めたハナ・タカミネ。

 その様子に慌てたのか、幼馴染が咄嗟に話題を変えようとする。


「わわっ!?

 そ、そういえばNINJAマスターはどこに行ったんだろうねっ?

 ハナちゃんと同じくらい騒いでそうなんだけど……」


 白影は誰よりも早くこの建物に到着していた。

 彼女もハナ・タカミネ同様、トモメ・コウズケに強い執着を見せていた。

 本来なら同じように彼を心配して騒いでそうなものだが……


「…… あの女」


 沈黙が下りた空間に響く、背筋が凍るほど冷たい声。


 私は理解した。


 白影は私達があれやこれやと騒いでいる間に、トモメ・コウズケの救助に向かってしまったのだ。


「ぐんまちゃん」


 そして、そのことはハナ・タカミネの理性を崩すのに十分過ぎるほどの衝撃をもたらした。


「助けなきゃ」


 ハナ・タカミネの身体がいつの間にか聖銀の鎧に包まれ、純白の外套が虚空で形成される。


「待ってて下さいねー」


 あぁ、戦闘モードに入ってしまった。


 瞬間、外へと繋がるロビーの扉は消し飛ぶ。

 極寒の風雪が建物内部を侵そうとするが、それら一切合切が圧倒的な圧によって捩じ伏せられる。

 風圧に閉じた目を開けば、ハナ・タカミネの姿は既になかった。


 暖炉の火は掻き消され、暖かい空気は欠片も残らない。


「…… 行っちゃったね」


 風音にかき消されないギリギリの大きさで幼馴染の声が耳に入る。

 横殴りの雪が私の顔面に叩きつけられるので、彼女に返答することはできない。


「…… 拠点、なくなっちゃったね」


 突然の轟音に驚いたのか、他の部屋からロビーに駆け付けた従者ロボが、消し飛んだ玄関口を呆然と見つめている。

 その姿を収めていた視界も、瞬く間にホワイトアウトして何も見えない。


「…… もしかして、私達もこのままじゃ遭難かな?」


 雪で塞がった耳に辛うじて聞き取れた幼馴染の声。

 遭難するかどうかは断定できないが、断熱性能が著しく悪化したこの建物では夜を超えることは極めて困難だろう。


「ホモ野郎は大丈夫かなぁ」


 極寒の外気が体温を刻一刻と奪い去る中、本来の主を心配する幼馴染の声が虚しく響き、すぐに吹雪で掻き消された。

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