第三十話 金と人命
それは突然の出来事だった。
市街地の高度魔法世界軍を南北に分断し、南北の両戦線で敵前線基地へ着々と迫っていた人類同盟と第三世界諸国連合。
第二次世界大戦程度の技術水準でしかない敵に対して大量の無人兵器を投入し、数的劣勢を制空権と技術優位で挽回。
外交交渉によって、日和見をしていた日仏連合に一部の戦線を肩代わりさせることにも成功。
終わりのない地獄を抜け出して、勝利の道を着実に歩んでいた———— 筈だった。
マップを縦断する大河の西岸に広がる市街地。
その地に2個所存在する敵前線基地の内、北部にある方から赤々とした火柱が天高く
だんだんと強まっていた雪風を一時的に消し飛ばした火柱。
それを見た人類は誰もが勝利を確信し、自らも目の前に
我らも続け。
後参の日仏連合に後れを取るな。
やっとこの地獄から抜け出せる。
早くお家に帰りたいニダ。
その時、彼らの中で思いの強さに多少の差はあれど、自分達の勝利を疑う者は存在しなかっただろう。
しかし、状況は少しの時間を経て激変する。
『敵前線基地から未確認巨大兵器が出現!
いや、あ、あれは…… ガンニョム……?』
人類側の優位が確定していた戦況は、その通信を機に逆転した。
『南の基地からも新手のガンニョムがやって来るぞ!?』
突然出現した4体の敵ガンニョム。
奴らは最悪なことに南北から我々人類同盟を挟撃した。
全高20mの大型兵器に4体同時で攻撃された同盟は、進撃どころか戦線の維持すら失敗する。
虫食いのように食い破られた戦線に同盟司令部は予備兵力投入を決断したが、ガンニョム4体による衝撃力はその程度で受け止められる訳がない。
前線の兵力は各地で分断され、猛吹雪の悪天候によって航空戦力による支援もできないまま各個撃破の憂き目を見ていた。
「エデルトルート、中央戦線はもう駄目だ。
兵を下げて再編成するしかない」
くせ毛の金髪をオールバックにした巨漢、アメリカ合衆国探索者のマイケル・ログフィートが、食い荒らされた戦域図を見ながら私、エデルトルート・ヴァルブルクに進言する。
最前線から数十㎞以上離れた人類同盟司令部。
その最奥部に設けられた戦域指揮所では、私を含めた同盟幹部、いわゆる列強と呼ばれる国々の探索者が一堂に会していた。
彼らの表情からは多少の差はあれど、マイケルの発言への同意が
前線から兵を下げて後方での兵力再編成。
言葉にするのは簡単だが、実際に行うとなると現状では難しいを通り越してほぼ無理だ。
戦場の主導権は敵に握られ、味方の前線は虫食いのように分断孤立している。
組織的後退どころか相互連携すらままならない。
この状況で戦線を後退しようものなら、大部分の兵力がバラバラのまま戦場に取り残されることだろう。
前線兵力のほとんどは無人兵器か特典でもたらされた原潜乗員ではあるものの、少なくない探索者達もスキルの利用や無人機管制のために張り付いている。
補充のできない貴重な存在たる彼ら探索者達を見捨てるのは、現段階では流石に時期尚早すぎる。
「今戦線を後退させても前線兵力の大部分が取り残され各個撃破されてしまう。
被害を最小限に抑えるためにも、前線では天候が回復するまで持久させ、吹雪が止み次第、航空戦力による制空権確保と敵ガンニョム攻撃を行うべきだろう」
「それでは遅すぎる!」
マイケルが苛立たしそうに口調を荒げる。
「敵の戦線突破を許した以上、このまま手を
最悪、こちらに来るかもしれない」
マイケルの言葉に数名の幹部が表情に怯えの色を見せた。
司令部に留めていた予備兵力は既に投入してしまったので、現在この基地には吹雪で役に立たない航空戦力と最低限の守備兵力しか存在しない。
ここに敵が押し寄せれば、司令部の陥落は決定事項のようなものだ。
今まで初期の頃を除いて前線を中小国家に押し付けていた列強諸国の探索者達にとっては、自分達が戦闘に巻き込まれることは紛れもない恐怖だろう。
「戦力の大部分を最前線に投入している以上、この基地に敵への抵抗力なんて欠片もない。
今は多少の犠牲を覚悟して戦線を立て直すことが最も優先されるはずだ」
マイケルは自分の正当性を微塵も疑っていないのだろう。
戦友を切り捨てる選択を当然のように主張する。
「駄目だ」
私の言葉にマイケルは勿論、自己保身に余念のない連中が目を剥いた。
彼らの苛立ちにより、戦闘指揮所の空気が粟立つ。
「探索者、まして特典持ちを切り捨てる余裕は人類に存在しない。
それに敵がこの基地を攻撃したならば、最悪、基地は放棄して我々は安全エリアに退避してしまえば良い」
マイケルは信じられないものを見るような目で私を睨む。
「正気か、この基地とここに駐屯する兵力にどれだけ金が注ぎ込まれたと思っている?」
「80億ドル程と言ったところか」
「前線の陸上兵器も合わせると100億ドルは超えている」
小国の国家予算に匹敵する金額。
その資金源となった列強諸国の人間。
「分かっているとは思うが、そう簡単に次から次へと出せる金額ではないぞ」
人類最大派閥たる人類同盟、そのスポンサー達の厳しい眼差しが私に向けられた。
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