第四十七話 滑走路と無人機
「暇ですねぇ、ぐんまちゃぁん」
俺の隣に座る高峰嬢が、気だるげに間延びした声を上げた。
枯れ草がまばらに生える荒れ地の上に敷いたレジャーシート。
その上で正座しながら空を見上げる高峰嬢、背筋をピンと立てて座るその姿は様になっているものの、なんとなく俺との距離が近い気がする。
それはともかく、彼女が見上げた先、空の遥か彼方にはゴマ粒のようなものがポツポツといくつも浮かんでいた。
高峰嬢に釣られていた視線を下に戻せば、視界に広がるのは舗装された一本の滑走路と
2000m級の滑走路は灯器も誘導線も整備されておらず、ただ分厚いコンクリートを打設しただけのものだ。
それでも常に天候が固定されていて使用法が限られるダンジョン内では十分実用に耐えうる。
人類同盟が僅か1週間でダンジョン内に建設した簡易飛行場。
それは彼らの豊富な物資と組織力を如実に表していた。
「わぁ、飛行機が沢山出てきましたよぉ!」
興奮した高峰嬢の指さす先を見れば、蒲鉾型のプレハブ、航空機格納庫からゾロゾロと
「UFA-16だな。
NEW NATO(New North Atlantic Treaty Organization:新北大西洋条約機構 )の多目的無人機だ。
対空戦から地上攻撃まで広範にこなせる」
UFA-16は元々アメリカで開発されていた無人爆撃機を基に、第三次大戦中に米英で共同開発された機体だ。
搭載兵器は中型ミサイルと小型ミサイルを2発ずつ。
性能は正直言って低いが、とにかく安価なことと大層な管制装置が必要ないことが売りの機体。
ダンジョン戦争中、いざという時のために予習しておいた軍事教本にはそう書いてあった。
「へー、そうなんですねー」
高峰嬢は兵器に関する理解を諦めたようで、再び死んだ目で空を眺め始めた。
小難しい単語が出てくるとすぐに潔く諦めてしまうのは、彼女の悪い癖だと思う。
俺に体をピッタリとくっつけている高峰嬢。
おつむの程度はいつも通りだが、今日はいつもより心なしか距離感が近い気がする。
こういう時、普段なら白影が突っ込んでくるのだが、彼女の方は高峰嬢以上に重傷だ。
俺の片腕を無言で抱え込んでいる姿からは、高峰嬢に似た狂気すら感じられる。
うーん、もうダンジョン戦争に巻き込まれて3週間以上経つしなー。
彼女達も精神面では、部分的に年相応の少女らしい一面がある。
人間に似たエルフとか天使とかもガンガン虐殺しているし、最近は知り合いが死んだり、政争に巻き込まれたり色々あったからなー。
流石の彼女達でも、肉体面はともかく精神面では疲れてきているのかな?
高峰嬢を見る。
意志の強そうな釣り目のパッチリおめめからは光が消えていて、肌の血色は元が白すぎて良く分からない。
白影を見る。
小さな体躯で俺の腕を抱き込んでいる彼女は、顔を埋めていて表情は全く
うーん、ちょっとまずいかも?
如何せん彼女達は精神状態を表に出してくれないので良く分からない。
「よーしよし、よーしよし」
とりあえず空いている片手で白影を撫でてみた。
「きゃぁ!?
ど、どうしたのトモメ!!?」
いきなり背中を撫でられて驚いたのか、白影の素が出ている。
覆面から覗く蒼い瞳は零れ落ちそうなほど大きく開かれていた。
「よーしよしよし、よーしよしよし」
俺の手のひらは背中から頭部に移り、彼女の頬や頭を撫で擦る。
今の気分は、長期出張から帰ってきて久しぶりにペットの犬を可愛がるおじさんだ。
「も、もう、止めるでござるぅぅぅ!
恥ずかしいでござるよぉぉぉぉぉぉ!!」
「分かった」
なんか思いの外、元気そうだ。
いやぁ、良かった良かった!
こんな状況で精神をやられても、どうしようもないからな。
2時間でマスターした『初めての特殊部隊教官~精神入魂編~』を活用しないで済むのは行幸に他ならない。
「えっ、えぇぇ…… 本当に止めないでよぉぉ」
俺があっさり止めたことに不満を持っているのか、先程とは真逆の発言をする白影。
宝石のような蒼い瞳が切なそうに細められ、妙な色気に濡れていた。
瞳の奥に灯る情欲の光が、
はいはい、美少女美少女。
残念ながら日仏両国民に生放送されている中で、女にうつつを抜かせるほどの度胸はない。
視線を飛行場に戻せば、数十機の多目的無人機UFA-16が駐機場で暖機運転をしていた。
20年ほど前の機体であり、今では発展途上国で使われる程度の機体だが、それでもこれだけの数が集まると壮観だ。
滑走路と格納庫を行き来する人間の動きを見れば、格納庫にはまだまだ出動を控えた機体がかなりの数、残っていると見える。
総勢で100機は超える無人機群。
上手く
国際連合のアレクセイが、現在進行形で滑走路を使わせて貰えるように交渉中だが、下手をすれば彼が交渉を終える前に終わってしまいそうだなー。
「………… ぐんまちゃん」
「どうした?」
唐突に呼ばれた高峰嬢に振り向くと、いつのまにか彼女は体を俺の方に向けていた。
「ぐんまちゃん」
再び名を呼ばれる。
パッチリとした茶色の瞳は、白影とは違った意味で濡れていた。
というか泣く一歩手前みたいな状況だ。
凛と引き締まっているはずの唇は、固く結んでいるもののプルプルと震えながら歪んでいる。
あぁ、泣いちゃう泣いちゃうっ! と煽れば直ぐにでも大泣きしそうな高峰嬢。
正座をしている
「…… ぐんまちゃんっ」
健気に何度も俺の名を口にする高峰嬢。
やれやれだぜ!
「よーしよしよし、よーしよしよし」
黙って俺に撫でられる高峰嬢と、それを不満そうに眺めている白影の様子に、俺は彼女達の精神状態にようやく気が付いた。
そうか、朝から様子が可笑しいなとは思っていたけど。
そうだったんだな。
あれだろ?
ストレス溜まってて、さらに夢見が悪かったとかそんな感じだろ?
まったく、世話が焼けるぜ!
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