第四十八話 トラウマ再来

 薄暗い室内、無数に設置された大小のディスプレイパネルから発する淡い光が唯一の光源。

 正面に広がる巨大な三面ディスプレイには、周辺の地形データと敵味方識別信号が表示されている。

 それを囲むように配された無数のオペレーターが、手元の小型ディスプレイとキーボードを操作する。

 ディスプレイに映しだされたレーダー図、そこに表示された円上には、数えるのが馬鹿らしくなるほどの緑の光点が、何重にも重なり合う鏃形の編隊を構成していた。

 

「同盟の物量、まさかこれほどとは……」


 俺と隣り合ってゲスト席に座るロシアのアレクセイが、気持ち悪いくらい緑がウヨウヨしているレーダー図を見ている。

 表情にこそ出さないものの動揺を隠しきれていない。


 今俺達がいる場所は人類同盟の前線管制基地、その中央管制室という無人機を管制する中枢部。

 独力でまともな航空戦力を運用できない俺達は、なんとかして戦闘に参加するため、アレクセイに人類同盟との交渉役を依頼した。

 あわよくば人類同盟が建設した滑走路を使いたかったのだ。

 

 国際連合のアレクセイと人類同盟のエデルトルートとの間でどのような取引が行われたのかは分からない。

 しかし俺達日本勢と連合は、同盟との共同戦線を張らない代わりに観戦武官のような立ち位置を手に入れた。


 つまりは、戦う権利は勝ち取れなかったが、戦う様子は特等席で見れるというわけだ。

 連合としては手の内を見せる代わりに、俺達を目の届く場所に留めたかっただけかもしれないが。


「クク、我々とて延々と手をこまねいているだけではない。

 元より人類同盟は列強諸国が中心となった超国家連合、この程度の物量なぞ本腰を入れればいくらでも用意できる」


 迂闊うかつにもアレクセイは、最も聞かれたくない人物に漏れた言葉を聞かれてしまったらしい。

 それまで最上位席で俺達に背中を見せていた赤髪の女傑、人類同盟指導者エデルトルート・ヴァルブルクは、振り向きながらニヒルに口角を吊り上げた。

 

「…… モンスターに通じるかどうかは、また別だ」


 アレクセイは苦み走った感情を表には出さないものの、その声は普段よりも怜悧れいりさを増していた。

 悔しいんだろうなぁ、と他人事気分で眺める俺。


「ハッ、確かに…… 確かに、その通りだ。

 精々ご期待に沿えるよう、そこで願っていてくれ」


 今にも食らいついてきそうな好戦的な笑みを浮かべるエデルトルート。

 ただでさえキッツイ目をした迫力のある顔なのに、そんな表情を浮かべてしまえば猛獣と言われても仕方のない顔面になってしまっている。

 最近は様々な悩みが尽きない状況だったようだし、色々溜まってるんだろうね。


「なんだか薄暗いですね。

 灯りつけないんですか?」


 俺の後ろに用意されたパイプ椅子。

 そこに座っていた高嶺嬢が、俺の服をちょんちょん引っ張ってきた。

 薄暗い管制室内、ディスプレイの僅かな光に照らされた彼女の整った顔は、猛獣と化したエデルトルートを見て荒れていた俺の心に一陣の清風となる。

 顔が良いって得なんだなー。


「それは駄目だろう」


 でも管制室内で明かりをつけるのは駄目だけどね。


「なんでですか?」


 珍しく食い下がる高嶺嬢。

 暗いの苦手なのかな?

 …… いや、最初の頃にライトも持たずに薄暗い洞窟内で無双していたし、それはないか。


「明かりをつけたらレーダーとか見えにくくなるだろう」


 レーダー図は明るい場所だと全く見えない。

 本に書いてありました!

 俺の返答に高嶺嬢は、へー、そうだったんですか、と思考を放棄したかのようにパイプ椅子に座り直した。

 あっさりしてるな、おい。


「レーダーに感あり!」


 オペレーターの声に管制室内の緊張が一気に高まる。

 レーダーを見れば、敵本拠地の巨影からポツポツと湧き出す赤い光点。

 おそらく天使の群れであろうその光点は、瞬く間に数を増やしてレーダー図上に赤い版図を広げてゆく。


 「敵拠点から航空戦力が多数出現、総数40…… 70…… 100…… 敵戦力の増加、止まりません!」


 焦りで上ずった悲痛な声が耳に刺さる。

 報告者としては落第だが、まあ、オペレーター歴1カ月にも満たない学生にしては上出来だろう。

 人類同盟が用意した航空戦力はレーダーを見る限り120機。

 地上の格納庫にもある程度は残しているのだろうが、今から離陸させようとも間に合わない。

 地球側の感覚からすれば、旧式化していようと120機の航空機は大部隊なのだが、末期世界の天使共は容易にこちらの物量を上回る。

 

「戦友諸君!」


 増大が止まらない敵への焦燥が伝播し、混乱しかけていた室内にエデルトルートの声が響き渡った。

 管制室内の視線が彼女へ一気に集中する。

 ついでに俺の心臓が竦みあがった。

 いやあ、来るだろうなーとは思っていたけど、突然大声を出されるのは心臓に悪いな!


「敵の物量は以前から分かっていたはずだ。

 予定通り第1から第4無人中隊を迎撃に移らせろ」


 エデルトルートが冷静に指示を出すと、それまでの素人感が嘘のように各員がきびきびと自身の役割をこなしていく。

 彼女は要所にこそ口出しするものの、悠然と性格のキツそうな瞳でレーダーを睨みつけている。

 その姿は正に同盟の精神的支柱と言えた。


 今まではガンニョムありきの統率力かと思っていたけど、その考えを修正しなければならないな。

 隣のアレクセイを見ると、くだらない三文芝居を無理やり見せられたと言わんばかりに鼻で笑っていた。

 どうせ、俺だったら最初の混乱も起こさせなかった、とでも思っているのだろうか。

 エデルトルートもそれに気づいたのか、高座からキッツイ眼差しで見下ろしてくる。


「うーん、キッツイなー」


「……? どうしたんですか、ぐんまちゃん?」


 思わずこぼれた俺の心境に高嶺嬢が反応するも、俺にはかぶりを振って誤魔化すしかできなかった。


「また難しいこと考えてるんですか?

 ………… しょーがないですねー」


 俺の様子に何を思ったのか、高嶺嬢はちっぽけな脳みそで少しだけ考え込んだ後、いきなり俺にしがみついてきた。


「うぉっ!?」


 ドラゴンの首を引き千切り、巨大な金属生命体の心臓部を抉り出した細腕が俺の胴体に回される。

 突然のことに俺は動揺しきりだ。

 間抜けな声しか出せない。


「ヘイヘーイ、ぐんまちゃーん、ヘイヘーイ!」


 可笑しなテンションの高嶺嬢が、俺に頬を擦り付けてくる。

 ついでに裁判で発せられた例の言葉と同じワードに、トラウマが癒えていない人間が業務を放棄してガタガタと震え出した。

 

「クソがッ! お前達、そういう嫌がらせ、本当に止めろよ!?」


「いいぞトモメ! もっとやっちまえ!!」


 エデルトルートとアレクセイがなんか言っている。

 ヤバいぞ、このままだと折角落ち着いた外交関係がまた荒れる!?

 こんな時、いつもなら白影が割って入るのに————


 ………… あれ?

 そういえば、白影がいないんだけど……


 猛烈に嫌な予感がしてきましたよ?

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