第四十六話 爽やかな朝

 黒は嫌いだ。

 子供の頃から、私は黒が嫌いだった。

 自分の周囲を包み込むどこまでも広がる黒い世界。

 呆然とその世界に漂いながら、ふとそんなことが頭に浮かんだ。


 ここはきっと夢の中。

 頭の中にもやがかかったような、上手く回らない思考で漠然と現状を認識する。

 私はたぶん、夢を見ているのだろう。

 五感の全てが黒色に侵食され、私の身体は闇の中に溶けてゆく。


 溶けたものは二度と元には戻らない。

 少しずつ削り溶かされてゆく自分の身体。

 ぼやけた意識のまま、私はそれを黙ってみているだけ。

 他人事のように感じてしまい、僅かな危機感すら浮かばない。

 

 足が溶け、手が溶け、腰が溶けた。

 もはや残っているのは胸から上だけ。

 達磨となった私は落ちることも転がることもせず、まるで重力なんて存在しないかのように、ふよふよとその場に浮かんでいる。

 自分が溶かされてゆく感覚、自分の存在が削られてゆく感覚、自分が世界から消えてゆく感覚。

 

 どうでも良い、私には未練に思うことなんて何もない。

 このまま溶け堕ちてしまっても、どこまでも深い黒色に塗りつぶされてしまっても、それら全てがどうでも良い。

 首から上しか残っていない私は、ただ全てが溶け堕ちるのを傍観するだけ。

 どうせ私が消えても、悲しむ人なんて……

 

 頭だけしか残っていない私を誰かの手が包みこんだ。

 どこかひ弱でお世辞にも力強いとは言えない感触。

 でも、その手に触れているだけで、不思議と空虚だった心が何かに満たされる。


「やれやれだぜ」


 呆れたような声が、全てを飲み込む黒い世界の中で確かに色づいた。



 

「……… トモメ?」


 鉛の塊が頭の中に詰まっているのか。

 そう感じるほど頭が重い。

 それでも、動かない身体にむちを打ち、起こして辺りを見回す。


 味気ないクリーム色の壁紙、飾り気のないクローゼット、天上に吊るされたシャンデリアが場違いな存在感を放っている。

 見慣れた自分の寝室。

 枕元の時計を見れば、7セグメントが0428という数字を表示していた。


 4時28分。

 昨日は期待して夜の12時まで待って寝たから、4時間くらいしか眠れていない。

 ぐわんぐわんと脳みそが揺さぶられるかのような不快感。

 肺の中に綿が詰まっているかのような息苦しさ。

 手足の先に感じる僅かなしびれ。


「………… トモメ」


 今にも倒れてしまいたい衝動を無理やり抑え込んで、なんとかベッドから這い出す。

 空調が効いている室内なのに、どうしようもないほどの冷気が襲う感覚を、体を動かすことで強制的に誤魔化した。

 洗面室に入って顔を洗えば、この不快感も体の奥に沈みこんでゆく。


 鏡に映りこんだ二つの蒼いガラス玉。

 その奥に渦巻く黒い影。

 まるで死人のような自分の姿。


「痛いよ、トモメ…………」


『アルベルティーヌ・イザベラ・メアリー・シュバリィー 女 20歳

状態 肉体:健康 精神:悲鬱

HP 14 MP 3/16 SP 20

筋力 16 知能 12

耐久 16 精神 6

敏捷 35 魅力 19

幸運 4 

スキル

超感覚 60

隠密行動 40

投擲 35

耐炎熱 40

無音戦闘 30

空中機動 15

妄執 75』







「いやぁ、今日は良く寝たなー」


 久しぶりのダンジョン探索で思った以上に体力を消耗したのか、昨夜はぐっすりと眠ることができた。

 そのお陰か、今日は朝から頭スッキリ気分爽快だ。

 嫌なことや悲しいこととかも綺麗さっぱり振り切れちゃって、体の奥から活力が湧いてくる。

 シーラのことは悲しかったけど、いつまでもクヨクヨなんてしてられないよね。

 だって祖国の危機だもん!


「今日の朝食は白影だったか」


 高嶺嬢と白影の間で何らかのやり取りがあったのか、食事は彼女達が交代で作っている。

 二人とも何故か料理が上手いので、俺としてはどちらでも構わない。

 むしろ、高嶺嬢は和食、白影は洋食を得意とするので、交代で作った方がバランス取れて良いんじゃないのか。


 大理石っぽい白い石の廊下を通って食堂の扉を開けると、空腹を煽る良い匂いがふんわり漂ってきた。

 うひょー、たまんねぇぜ!


「おはようございます、トモメ殿!

 なんだか気分が良さそうでござるね」


 俺が食堂に来たことに気づいた白影が、キッチンから挨拶してくる。

 黒尽くめの不審者ファッションの上に白いふりふりエプロンを羽織っている様は、筆舌に尽くしがたい強烈な違和感を放っていた。

 しかし、それを顔の良さだけで強引に収めているのは流石と言えよう。


「おはよう白影。

 ああ、久々に良く寝れたからな」


 食堂のテーブルには従者ロボが既に揃っており、昨日の階層制覇で新たに加わった2体も入れて14体で仲良くトランプをしている。

 どうやらババ抜きをしているようだ。

 14体でババ抜きか、朝から随分とハードなプレイをしているな。


 いつもなら俺よりも早く起きる高嶺嬢の姿が見当たらないことに不安を覚えるが、たまにはそんな日もあるだろう。

 彼女は毎朝俺を起こしてくれるので、もしかしたら俺の部屋の前で待っているのかもしれない。

 まあ、その時は仕方ない。

 朝食ができても来なければ呼びに行こう。


 一抜けした美少女1号に絡まれながらも、そんなことを暢気に考えていると、食堂の扉の開く音が聞こえた。

 おっ、どうやら起きてきたみたいだな。

 高嶺嬢と白影の酷く平坦で事務的な挨拶の声を聞きながら、美少女1号が俺の肩に腕を回してきたのを感じる。

 あの二人は相変わらず互いにツンツンしてるな。

 喧嘩するほど仲が良いってか!


「おはようございます、ぐんまちゃん!」


 高嶺嬢は今日も朝から元気が良いな。

 俺の肩に回された美少女1号の腕を叩き落としながら、俺の隣に腰掛ける高嶺嬢。

 普段は食事がくるまで静かに待っているのだが、今日に限っては何故か俺との距離を詰めて体を寄せてきた。


「どうした高嶺嬢?」


 ゴツゴツした鎧が当たって微妙に痛いんだけど?

 言外に離れて欲しい感じを出してみたが、彼女は俺から離れる様子を見せない。


「んぅ、心の充電です」


 高嶺嬢の考えていることはいつも分からないが、今日はいつも以上に良く分からないな。

 やれやれだぜ!


『高嶺華 女 20歳

状態 肉体:健康 精神:消耗

HP 34 MP 1/2 SP 34

筋力 35 知能 2

耐久 32 精神 25

敏捷 35 魅力 20

幸運 4 

スキル

直感 99

鬼人の肉体 25

鬼人の一撃 20

鬼人の戦意 10

我が剣を貴方に捧げる 12

装備

戦乙女の聖銀鎧

戦乙女の手甲

戦乙女の脚甲』

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