第四十五話 クレームと健気な女傑

「確かに…… 確かに、俺はダンジョンの攻略を認めた。

 それは事実だ」


 国際連合の主導国家、ロシア連邦が探索者アレクセイ・アンドーレエヴィチ・ヤメロスキー。

 五分刈りの金髪と強い知性を感じさせる鋭い青目が特徴的な人物だが、実は大学で医学部医学科に在籍している医者の卵。

 将来は医者になって故郷で多くの人々を救う夢を持つ、熱い情熱を秘めた男だ。


 そんな彼が、深海のような冷たさを帯びた眼光を悩まし気に歪めながら、苦々しく言葉を吐き出す。


「だがな、我々が一週間以上かけて攻略していたダンジョンを、たった一日で制覇するのは自重して欲しかった…………!」


 駄目だろう、それはやっちゃ駄目だろう!

 ブツブツ文句を言っているアレクセイだが、ダンジョンの階層制覇における特典報酬は、攻略における貢献度に比例している。

 よって、国際連合が今までダンジョンを攻略していた分は、きっちり報酬として支払われているはずだ。

 連合とは別の戦線から進撃していたし、彼らの戦果を横取りした訳でもない。

 文句を言われる筋合いはないはずだ。


「しちゃったもんは仕方がないだろう。

 そもそも、たった3人の探索者が一日で攻略できるようなダンジョンを、数十人でダラダラと探索している方が悪い」


「つい殺っちゃったでござる」


 わざとらしい白影のテヘペロアピール。

 頭巾で目元以外は隠されているものの、素材の良さに助けられて少女らしい可憐さを振り撒く。

 150㎝の小柄な身長も合わさって、とてもじゃないが100体以上の機械生命体を生きたまま融解させたバイオレンスNINJAとは思えない。


「いや、可笑しいだろう……!

 たった3人で機械兵400体を磨り潰すとか、どう考えても可笑しいだろう……!!」


 今回のダンジョン攻略では、およそ400体の巨大ロボ、通称機械兵から5000個を超える魔石を手に入れることができた。

 機械兵は他ダンジョンのモンスターと異なり、複数の魔石を内包しているだけでなく、使用する武器の内部にも魔石が組み込まれているので、大変お得なボーナスモンスターだ。

 人類同盟や第三世界諸国と比較し、国際連合が資源的な余裕を確保している要因には、彼らはダンジョン戦争が始まって以来ずっと、機械帝国ばかり攻略していたこともあるだろう。

 

 ただ、巨大で強固な鋼鉄の体を持つ機械兵の部隊とまともにやり合うには、第4世代以上の主力戦車が必要になる。

 それに加えて、人数の限られた今の状況では、用意した戦車も高度に自動化されていなければならない。

 必然的に機械帝国を探索できるのは、高度に自動化された第4世代主力戦車以上の陸戦兵器を保有する国家か、熟練の対戦車ゲリラ兵くらいしか存在しない。


 えっ、俺の所のバーサーカーとNINJA?

 あれは人類的な意味でも別枠でしょ。







「撃てぇ! 射撃を絶やすな!!

 弾幕を維持するんだ!!!」


 100基を超える高射機関砲と短SAM(Surface-to-Air Missile:短距離地対空ミサイル)によって形成された対空陣地。

 そこから絶え間ない火線が伸び、上空を飛び回る薄汚れた天の使いを絡めとる。

 一基あたり秒間数千発の機関砲弾が、あかがねのシャワーとなって天上に叩きつけられる。

 装填から標準、射撃まで一律で自動化されたそれらの対空火器は、オペレーターの指示の下、忠実かつ正確に獲物を刈り取っていく。

 

 米国と欧州各国の探索者が購入した対空システムは、10億ドルを軽く上回る戦費と引き換えに、人類同盟の上空から敵を排除することに成功していた。

 当初、誰が戦費を負担するのか、戦費の負担比率はどうなるのか、献身に応じた報酬は分配されるのかなど、多くの問題から列強諸国の探索者達は、大型兵器の投入に消極的だった。

 しかし、国際連合が優勢に進めるダンジョン攻略、全世界に放映された国際裁判での大失態、それらに伴う国際的プレゼンスの低下は、探索者達はもとより、彼らが属する国家の中央政府に危機感を抱かせるには十分だ。

 結果、人類同盟の主要国家であるドイツをはじめとした列強各国からの財政支援により、強固な対空陣地と潤沢な武器弾薬を購入できるだけの資金が手に入ったのである。


「…… フレデリック、今の戦況はどうなっている?」


 人類同盟の前線司令部が設置されたコロンビア級戦略原潜内部、その作戦指揮室にて、同盟首班エデルトルート・ヴァルブルクは、最前線で戦っている同胞に現在の戦況を尋ねた。


『エデルトルート、君は現実を知らな過ぎる。

 自分のいる世界ぐらい、自分の目で見たらどうだ?』


 無線越しに、無駄に厭味ったらしい口調の無駄口が聞こえてくる。

 またガンニョム関係のパロディだろうか。

 それにしても最悪の選出だ。


「なるほど、順調そうでなによりだ。

 そのまま敵を作業区域に侵入させるなよ?

 もしも作業が止まれば、根拠地にあるお前のお人形さんをミキサーで磨り潰してやる」


 しかし、エデルトルートも慣れたもの。

 流れるように同国人のガンニョムオタに向けて、残酷なノルマを叩きつけた。


『いや、ちょっ————』


 抗議の声を上げるも、それを聞き届ける前に通信を切ってしまう。

 そして次の瞬間には、相方の人形をミキサーで磨り潰すこと以外綺麗さっぱり頭の中から放り出す。


「滑走路建設の進捗状況はどうだ?」


「地盤の平坦化が終了し、全体の30%にコンクリを敷き終えました。

 このままいけば、今日明日には施工は完了する予定です」


 流れるように返ってくる答えに、エデルトルートは満足気に頷いた。


「よし、もう少しで待ちに待った反撃だな……」


 対抗組織の優勢、他勢力との関係悪化、外交的失態、組織内部での不和、本国からの突き上げ、多くの負担を背負ったエデルトルート。

 そんな状況にもかかわらず、彼女の碧眼はギラつきを弱めることもなく、女傑たる雰囲気に陰りはなかった。

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