第四十四話 死の童謡と首獲りNINJA

ギュリギュリギュリッ


 時速80㎞から横転一歩手前のドリフト停車。

 エアレスタイヤと床の摩擦音が空気を裂く。

 突然の急制動に、猛烈なGが全身にかかる。

 そのまま持っていかれそうな体を、ハンドルにしがみつくことで何とか押さえつけた。


「えっ」


 俺の視界に過ぎる黒い影。

 助手席に座っていたはずの白影が、宙を舞っていた。

 何が起きたのか良く分かっていない彼女は、屠畜場に運ばれていく牛のような目をしていた。

 そのままクルクルと出現した巨大ロボの方に飛んでいく。

 体高10mの巨大な鉄の巨人、12体のそれらは自分達の方に投げ出される白影を呆然と見つめていた。


「カトンジツ!!!」


 その声と共に、真紅の柱が12体の巨人を飲み込んだ。

 直径数十mの炎の柱は敵だけでは食い足りなかったようで、ターミナルの天井を突き抜けて高々と立ち昇る。

 俺達の迂回戦術が破綻した瞬間だった。




 我々人類のおよそ5倍も大きな巨躯を持つ巨人の軍隊が、決して狭くはないターミナルの通路を埋め尽くす。

 鋼鉄の体を持つ兵士達は、一体一体が人類の天敵足り得る脅威。

 隊列を揃えて赤みを帯びる剣で武装した彼らは、黙示録を予感させる黒鉄の津波。

 歩む度に大地は轟音と共に揺れ、重厚な金属同士のぶつかり合う音はそれだけで戦場オーケストラとなる。

 人類ならば、見る者全てに平等な死を約束する絶望の壁。


「ヘイヘーイ、久々の戦闘ですよー」


 場違いなまでに平常な声。

 ある種の狂気すら感じるほどの平静さ。

 大して大きくもないその声は、不思議とある程度離れた俺の耳に入り込んだ。


 途端、黒鉄の壁、その一角が木っ端微塵に吹き飛んだ。


「いや、今回は爆薬仕掛けてる暇なかったから!」


 俺の護衛である従者ロボに不快な視線を向けられたので、とりあえず弁明をしておく。


「あれは高峰嬢が、敵を数体纏めて殴り飛ばしただけだよ」


 俺の説明の間にも、一体辺り数tはあるだろう全高10mの鉄塊が空高く舞い上がっている。


「まずは準備運動ですよー!」


 4日振りのダンジョン探索は、高峰嬢が準備運動をしようと思うくらいには期間が開いていたらしい。

 彼女の様子を見るに、心なしか自分の体の調子を確かめているようにも見えなくはないと考えられる、おそらく。


 高峰嬢が拳を振るうたびに、鉄の巨人が派手に吹き飛ぶ。

 高峰嬢が地面にかかとを叩きこむたびに、冗談みたいに床がロボットを巻き込みながらめくり飛ぶ。

 たまに腕をロボットの心臓部に突っ込んで、そのまま内部に収められた心臓機関を抉り取るのは、彼女なりの可愛さアピールだろうか?

 

「お人形遊びはー、童心に帰りますねー」


 戦闘時特有の間延びした声。

 腕を肩ごとぎ取られた巨大ロボが、派手に黒いオイルを撒き散らしながら倒れる中、捥ぎ取った腕を違うロボの胸部に突き刺す高峰嬢。

 彼女は子供時代、このような感じで人形と戯れていたのだろうか?


「あーおい眼をしたおにんぎょはー、アメリカ生まれのセルロイド―」


 金属が擦れ、ぶつかり、潰れ合う大騒音の中、高峰嬢は何をトチ狂ったのか童謡を歌いだす。

 感情を読み取ることなどできないロボット達に、動揺が広がっていくのが手に取るように分かった。

 うん、分かるよ、その気持ち。


「日本の港へー、着いたとき―、いっぱい、涙を浮かべてたー」


 内骨格ごと引き摺り出せる筈なのに、何故か視覚センサーだけを的確に抉り取った高峰嬢。

 顔面から吹き出すオイル、はじけ飛ぶ火花を両手で抑えたロボットが、敵ながらとても哀れだ。


「私は言葉が分からない―、迷子になったらなんとしよ―」


『ギギギギギギィィィィィィ』


 金属同士を擦り合わせた甲高い金切り音が耳をつんざく。

 初めて聞くその音は、ロボット達があげる悲鳴だろうか。

 その音を発していたロボットは、高峰嬢に顔面から地面に叩きつけられて瞬く間に沈黙したので、彼が何を想って発したのかは分からず仕舞い。

 在るかどうかは分からないが、彼の魂が迷わずあの世に逝けることを願うばかりだ。


「優しい日本の嬢ちゃんよー」


 腕を肩ごと捥ぎ取られて、地面にうずくまるロボット。

 視覚センサーを抉り取られて、倒れながらのた打ち回るロボット。

 未だに止めを刺されていなかった彼らを、高峰嬢は地面に叩きつけたロボットの残骸を再び持ち上げる。

 あっ、察しました。


 高峰嬢による慈悲の一撃。

 それは彼らを痛みと現世から永久に解放した。


「仲よく遊んでやーとくれー、仲よく遊んでやーとくれー!」


 存分に準備運動を楽しんだのか、黒いオイル塗れの高峰嬢は、羽織ったどす黒い外套の中から、ようやくメインウエポンであるすごいKATANAを取り出した。

 狂気の祭典は幕を閉じ、狂騒に塗れた黒い大雨が大地を染めるのか。


 高峰嬢の様子を見物していた従者ロボ達を見ると、同胞?の生命をもてあそぶ姿にドン引きしていた。

 いや、美少女1号などの古参組はやんややんやと囃し立てていたが、最近加入した従者ロボ達にはショッキングな光景のようだ。

 手荒い洗礼だが、こうやって彼らも一人前になっていくのかな?

 大人になるって、悲しいことね。


「トモメ殿、御待たせ致した」


 シュタッ、と何故か上から降ってきた白影。

 最近彼女にはお使いを頼んでばっかだな。


「敵の大将首、獲ってきたでござる!」


 彼女の腕に抱えられた巨大な魔石、それは階層ボスからしか採取できない大きさだった。

 高峰嬢による敵主力の誘因撃滅、白影による敵本陣への浸透一撃離脱。

 うん、鉄板戦術だね!

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