第四十三話 機械帝国第2層

 心機一転、彼是かれこれ4日ぶりにダンジョン探索を行おうとする俺達チーム日本。

 行先は必然的に、国際連合が攻略を進めている機械帝国第2層。

 流石に今は人類同盟と出くわすことは避けたかった。


「久しぶりの探索!

 腕が鳴りますよー!」


 高峰嬢が4日ぶりのダンジョン探索に、ウキウキと体を小刻みに揺らしている。

 俺達に歩幅を合わせながらも、先頭に立って今か今かと闘争を待ち望んでいるご様子。

 彼女にとって、4日間の政治闘争は思いのほか退屈だったらしい。

 知能2だからね、仕方ないね。


「…… トモメ殿」


 定位置である俺の斜め後ろを歩いているNINJA白影が、小声で俺の名を呼ぶ。


「あまり、無理をなされぬよう」


 言葉の端々から、俺に対する気遣いが感じ取れる。

 前を歩く戦闘狂とは違って、白影は戦闘以外の感性もそれなりに備えているようだ。

 今回ばかりはそれが辛い。

 出来ることなら俺に気を遣わず、高峰嬢のようにのびのびして欲しかったのだが。


「問題ない」


 問題ない、そのように振舞っていたかったが、いとも容易く白影に見通されてしまった。

 それでも意地は通したい。

 だって、男の子だものっ!


「…………」


 無言の視線が痛い。

 歩を緩めて振り返る。

 俺よりも頭一つ分低い白影の垂れ目がちな瞳が、さらに目尻を下げて憂いを浮かべていた。

 蒼玉のように蒼く透き通った双眼の奥に、俺の影がじっとりと映りこむ。


「友人を失ったが、それで止められるほど俺達が背負っているものは軽くない。

 安心して欲しい、問題ないよ」


 俺は白影から視線を外して足を速めた。


「…………」


 後ろからの視線には、もう振り返ることはしない。







 機械帝国第2層、そこはどこまでも続くアスファルトの広がる巨大な空港だった。

 オフィスビルのようだった第1層とは異なり、航空機の運用が可能なほど開けたダンジョン。

 スタート地点は空港ターミナルの出入り口に設定されているらしく、体高10mの巨人に合わせて作られた広大なターミナルが広がっていた。


「このターミナルビルの全体は半円状に弧を描く様な構造だ。

 スタート地点の出入口は内円部、乗降り口は外円部にあり、滑走路はそのさらに外側にある」


 運転席でハンドルを握りながら、トモメが施設の概要を教えてくれる。

 あまりにも巨大なダンジョンは、最初から徒歩での探索は念頭に置くべきものではなかった。

 先行していた国際連合からの情報では、このダンジョンのモンスターは近接武器しか使用しないそうなので、私達は小回りの利く軽車両で探索を行うこととなった。


 高機動車と呼ばれるオープントップの四輪車両、私達はそれを3台に分けて乗っている。

 1台目は運転席にトモメ、助手席に私、後ろに白いのと従者ロボ2体、残りの2台に従者ロボが5体ずつ乗り込んでいた。


「国際連合は既にターミナルビルの制圧を完了し、残すところ滑走路と格納庫のみらしい。

 敵は格納庫を拠点に滑走路で防衛線を引いていて、連合の主力が正面から火力戦を仕掛けているが中々崩れないようだな」


 だから俺達は側面から回り込んで敵兵力に打撃を与える、そう続けたトモメの表情は、慎重でありながらも淡々と戦闘をこなす、いつもの顔だ。

 アレの死を引き摺っているようには到底見えない。

 でも、吹っ切れてもいないんだろうな。


 記憶に浮かぶのは、アレが彼の頬を汚した光景。

 思い出すだけで、胸を掻き毟って自らの心臓を抉り出したくなるほどの苛立ちが、私を襲う。

 うん、思い出すのは止めよう、カトンジツに使うMPがなくなる。

 アレはもう死んで、彼は引き摺ってない。

 それで良いではないか。

 私が気にして、徒に搔き乱す必要なんてない。

 このまま戦っていれば、記憶が薄れてなあなあになる。

 だったらそれで——


「—— おっと、敵だ」


 悶々と思い悩んでいたせいで気づけなかった敵の存在。

 トモメはそれに気づいた途端、ハンドルを思い切りきって車両をドリフトさせるように急停車する。

 運転席を中心点としたドリフト、慣性と遠心力が運転席とは反対側で一気にかかる。

 車にしがみつく従者ロボと白いの。

 何故かその光景が見える私。


「えっ」


 シートベルト、ちゃんと絞めれば良かったな……

 空中に放り出されながら、しみじみとそう思った。


 出現した敵は、私が放り出された方向に丁度良く纏まっている。

 12体の巨大な機械人形。

 赤く光る剣で武装したそいつらは、放り出されている私に虚を突かれたのか、剣を構えるでもなくただ私を見ている。


 何の感情も読み取れない無機質な眼光、色とりどりに光る奴らの視覚センサー。

 驚きの表情を浮かべるトモメ、親指を立てる従者ロボ。

 そして、吹き出しそうに片方の手で口を押えるクッソ忌々しい白いのっ。

 それを見ながら、クルクルと回転している私。

 

 腹が立ってきた。

 なんで私がこんな目に遭わないといけない?

 トモメもトモメだ。

 金髪白人枠には既に私がいるじゃないか。

 二人目の金髪白人を増やそうとしていたなんて、ただでさえ白いのの狂気に押され気味なのに、どうかしているんじゃないか?

 脳味噌が筋肉でできている白いのと違って、私は色々と気にしちゃう繊細な女の子なんだぞ。

 彼はそこのところをちゃんと分っているのか?

 それにもうちょっと私のアプローチに反応すべきでしょ。

 自分で言うのもなんだけど、私ってそんじょそこらのモデルや女優だと太刀打ちできないレベルの美少女よ?

 そんな女の子に言い寄られて、少しの色目も使わないとか、正直男としてどうよ?

 これが硬派で堅気な日本男児ってやつなの?

 素敵!!!


 でも白いの、お前は許さないから。


 私の失敗を、さも面白そうに、歪みきった喜びの感情を隠すことなく表情に出している脳筋バーサーカー。


 燃え上がる怒り、煮え滾る怒り、憤激する怒り。

 私の心が烈火の如き怒りで崩壊し、全身に憤怒の激情が駆け抜ける。

 

 私の中で膨れ上がる憤激の炎。

 丁度目の前に転がるサンドバック。

 己の感情のままに、自らの怒りを吐き出した。


「カトンジツ!!!」

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