第四十二話 銃と心の整備

『先程、スウェーデンの根拠地内でシーラの死体が発見された。

 死因は胴体への銃撃。

 犯人は不明』


 鮮やかな深紅の絨毯、品格のある重厚な応接セット、3冊しか本のない本棚、高い天井には爛々と照らすシャンデリア。

 根拠地に設けられた俺の執務室、久しぶりに過ごす一人の空間。

 今は誰にも会いたくない。

 一人になりたい気分だった。


 マホガニー製の執務机には、艶消しされた黒い銃が置いてある。

 26式5.7㎜短機関銃、FN社製P90をパク…… オマージュした純国産短機関銃。

 ダンジョン戦争の初日以来、ほとんどの戦いを共に過ごした愛銃だ。

 …… 付き合いはかれこれ3週間だけど。


 無人機の管制用タブレットには、銃の整備解説書も入っていた。

 なんだかんだ整備せずに何度も使っているので、いい加減整備しようと思ったのだ。

 タブレット画面に表示された萌え萌えな解説を読みながら、手順に従って銃を分解する。


 国防陸軍の公式キャラである萌えキャラが、専門用語のオンパレードな説明を簡潔に台詞調でしているので、素人には難易度が高すぎる。

 だからと言ってやらない訳にもいかないので、タブレットの辞書機能や自分なりの解釈を駆使して何とか読み解く。


『死体や根拠地内は荒らされた形跡はなく、突然の犯行で碌な抵抗すらできなかったと考えられる。

 銃撃は腹部に3発、心臓部に4発、のどに2発』


 整備性に優れたこの銃は、一本のネジを外せば簡単に全ての部品を外すことができる。

 銃身、機関部、ハンドル、高度にモジュール化された各部品を分け、それぞれを丁寧に清掃した。

 ライフリングに溜まった火薬カスを掻き出し、どす黒くなっている機関部の潤滑油を拭き取る。

 各部に張り付いた砂や赤黒い汚れを擦り取るたびに、今まで経験した多くの戦いを思い出す。

 

 5.7×28㎜ケースレス弾を全て取り出した50発マガジンは、押し出し用のバネがヘタっていないかをしっかりと確認。

 ケースレス弾という薬莢やっきょうのない特殊な銃弾を使用しているので、マガジン内部の汚れも綺麗に清掃する。

 銃弾を火薬で円柱形に包み込んでいるケースレス弾は、いくら表面がコーティングされているとはいえ、扱いは薬莢弾よりも繊細さが必要だ。


 一通り清掃が終わったら、潤滑油を新しく塗り直して各部品を組み立てる。

 最後にネジを一本絞め直せば、26式短機関銃の整備はようやく終わりだ。

 7本のマガジンに弾を込めれば、もう準備は整った。

 あとで試射をしておこう。


『使用された銃弾はNATO規格9×19㎜パラベラム弾。

 この銃弾は大半の国家が使用しており、使用銃器の特定はほぼ不可能』


 整備が完了した26式短機関銃を片付け、次に27式5.7㎜拳銃の整備に取り掛かる。

 こちらも同じように説明書を読みながら、分解・清掃・潤滑油のトリプルコンボだ。

 ついでに3本のマガジンに20発ずつ銃弾を装填しておく。

 本当は満タンまで装填するとバネがヘタってマガジンの寿命短くなるらしいのだが、在庫は腐るほどあるし、無くなれば武器屋で購入できるので気にしない。

 

 これで俺のメインウエポンとサブウエポン、普段使いの銃器の手入れが終わった。

 銃の手入れなんて初めてやったけど、暴発することもなく無事に終えられて良かったよ。


『犯人の痕跡はどこにも残されていなかった。

 どのような方法でスウェーデンの根拠地に侵入できたのかも分かっていない。

 ギルドのクエストを通じてスウェーデン政府と接触したが、映像では突然シーラが暗殺されただけで、犯人の手掛かりは何一つ分からなかったそうだ』


 執務机の上に全ての装備を並べる。

 整備したばかりの26式5.7㎜短機関銃と27式5.7㎜拳銃、そのマガジンをそれぞれ7本と3本。

 手榴弾は破砕型を2個、発煙型を3個、閃光型を3個。

 C4爆薬500gブロックを2つ。

 ポーションは1億が6本と1000万が12本。

 1L水筒を1つ。

 初期装備の懐中電灯、ロープ、ライター、針金セット。

 そしていざという時の38式単分子振動型多用途銃剣。


 これがダンジョンへ持っていく俺の基本装備だ。

 それら一つ一つを問題がないか確かめながら、全身の収納ポケットに収めていく。

 全てを治め終わり、忘れ物がないか確認してから、防刃手袋をつけて暗視装置付きヘルメットを被れば、完全武装俺の出来上がり。


『犯人の特定は絶望的だ。

 どれだけ怪しくても、証拠がなければ裁くことなんてできない。

 忌々しいことだが、今回の事件はもはや闇に包まれてしまった。

 すまない』


 椅子から立ち上がると、数時間座りっぱなしだった全身が軽く悲鳴を上げた。

 それでも、ちょっと背を伸ばせば、うん、もう大丈夫。

 俺は、戦える。

 ………… よし!


ぱちんっ


 気合を入れて頬を叩く。

 思い切ってドアを開ければ、何故か部屋の前の廊下で座り込んでいる少女が二人。


「あっ…… ぐんまちゃん」


「トモメ殿…… その……」


 俺を心配そうに見上げる茶色と蒼の4つの瞳。

 やれやれだ!

 この娘達に心配されるとは、俺も甘く見られたもんだぜ!!


『彼女の遺体はスウェーデンに送られる。

 もう俺達ができることは何もない』


「高峰嬢、白影……」


『トモメ…… これから、どうするつもりだ?』



「さあ、今日も元気に戦争だ!

 祖国と人類を救ってやろうじゃあないか?」


 今はただ、己の為すべきことを為すのみ。

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