第三十九話 恫喝爆発はじめてのさいばん 終

「多くの探索者から、事件発生時間において、スウェーデンの女性探索者についてアリバイとなる証言が得られたでござる」


 これまでの茶番は一体何だったのか!?

 この裁判を終始見守っていたであろう諸国民の叫びが、思わず聞こえてきそうな。

 それほどの重大事実をぶちまけた白影。


 大ホール内にどよめきが満ちる、と思いきや、どよめいているのはもっぱら人類同盟の人間のみ。

 その他の人間は、それまで魂の抜かれたような焦燥しきった様子から一変、一歩間違えれば殺されると言わんばかりに緊張しているようだ。

 いったい彼らに何があったというのか?

 ふしぎだなー。


「なっ、それは事実なのか!?」


 この裁判ごっこにおける裁判長役を務めていたエデルトルートが、絶叫染みた声を上げる。

 その表情には驚愕と焦りの感情が浮かぶ。

 そりゃあそうだ。

 なにせこの裁判は人類同盟の調査で突き止めた犯人を、人類同盟が主導する形で国際連合と合同開催した国際裁判によって裁いているのだ。


 犯人であるシーラにとって有利な証拠とは、調査を行った人類同盟にとっては不利な証拠。

 シーラの勝利は、同盟の政治的敗北。

 同盟の首班たるエデルトルートが焦るのも仕方がない。

 しかし、この場には彼女以上に危機感を覚えている人間がいる。


「馬鹿な、そんなことあり得ないわ!!?」


 中華民国の探索者、袁梓萌エンズィメン

 人類同盟内で事件調査を主導し、この裁判とその後の政治取引の絵面を描いていた女狐。

 彼女にとってシーラの無罪とは、同盟内外での自身の影響力低下だけに終わらない。

 シーラが解放されてスウェーデン本国との連絡が再開すれば、殺害されたスウェーデンの男性探索者アルフに関する真相も判明する。


 それは今回の黒幕にとって、致命的な事態になりかねない。

 なにせ探索者の様子は、常時所属国に生放送されているのだ。

 もしかすれば、芋蔓式いもづるしきに今回の国際連合拠点爆破事件やそれに連なる二人の探索者殺害事件も真相が判明するかもしれない。

 そうなるとシーラと自分の立場が入れ替わった裁判が行われることになる。

 その光景は、黒幕とその所属国にとって絶対に避けなければならない未来だろう。


 人類同盟側の慌てぶりを見て、俺は思わずニヤリと笑う、と行きたいところだが、同盟に勘繰られるのも嫌なので、真面目な表情で通す。

 ごめんな、度胸無しで。


「繰り返すが、これは拙者の調査で判明した、紛れもない事実。

 我々日仏は、スウェーデンの無罪を主張するでござる」


 白影の堂々とした宣言。

 それはシーラの有罪を主張する人類同盟への宣戦布告にも見れた。

 ざわめく同盟の人々から、裏切り者、という言葉が聞こえだす。

 まあ、彼らの気持ちも分からなくはない。


 元々白影は人類同盟に所属していた。

 それを俺達日本の傘下へと鞍替えし、今ではこのダンジョン戦争において数少ない利益を上げている国家の一員となっている。

 そして今回の同盟と真っ向から対立する主張。

 これでは、同盟の人間が彼女を裏切り者と非難するのも無理はない。


「国際連合は日仏の主張を支持する」


 事前の手筈通り、国際連合首班アレクセイが俺達の主張を後押しする。

 これで人類同盟の主張を覆せば、国際連合との外交的立ち位置が容易に逆転する。

 その後の調査次第では、今回彼らが失った物資を利子付きで回収することも可能だろう。


「人類同盟はアリバイの捏造を主張する」


 人類同盟は間髪入れずにこちらの調査結果を否定してきた。

 実際、紛れもない捏造なので、彼らが言っていることは正しい。

 まあ、それを証明する手段は、全て消してあるんだけどね。


「ならば証言者に出てきて貰おう」


 白影はそう言うと、おもむろに片足を持ち上げて——


ダァン!!!


 思い切り床に叩きつけた。

 人類同盟関係者の騒めきが一瞬で止まる。

 とてもではないが、協力者に向けたものとは思えないほどの乱暴な合図。

 しかし、効果は覿面てきめんだった。


「お、俺は事件が起きた時、魔界第3層にいたシーラを見たぞ!」


 一人の観衆から、アリバイとなる証言が上がる。

 それを皮切りに、せきを切ったかのように次々と第三国の探索者達から、シーラのアリバイが口々に語られた。

 初めからそれを言えよ、人類同盟関係者はそう思ったことだろう。


「なっ、嘘でしょう……?」


 袁が信じられない表情で、床にへたり込む。

 クックック、多少悪知恵が回ろうとも所詮は元一般人。

 ちょっと小突いてやれば、こんなものか。

 うつむきながら肩を震わす彼女を鼻で笑う。


「……よ」


 うん?


「……そよ」


 なんだなんだ?


「嘘よ!! これは日本の捏造よ!

 あり得ないわ!

 そもそも、これだけアリバイがあるなら、最初から言いなさいよ!!!」


 烈火の如き怒りに染まった袁が、紛れもない真実を主張する。

 だが、場の流れは完全に俺達のものだ。

 今更彼女一人が喚いたところで、人類同盟側の不利は覆らない。


「アリバイの供述には、何らかの取引が行われた疑いがあります!

 中華民国は、証言者に対する別個の聞き取り調査を求めます!!」


 袁が余計なことを口にする。

 煩い女だ。

 俺がアレクセイに視線を向けると、彼は一つ頷いた。


「国際連合は裁判の円滑な進行のために、中華民国に対して自制を求める」


『なっ!?』


 アレクセイからのあからさまな妨害に、袁は勿論、人類同盟関係者が驚きの声を上げた。

 彼はそれに構わず、言葉を続ける。


「国際連合は第三国の中立性を評価し、容疑者に対するアリバイ供述を承認する。

 よって、容疑者であるスウェーデンの探索者に対する無罪を認め、彼女の解放を求める」


 アレクセイによって一気に言い切られた無罪判決。

 人類同盟、国際連合、第三国の観衆、罪人であるシーラ。

 誰もが強引な展開に呆然とする。

 ホール内に沈黙が満ちた。


パチパチパチ


 俺が大きな拍手をする。


パチパチパチ!


 白影と国際連合関係者がそれに続く。


パチパチパチパチパチパチ!!!


 第三国の観衆からも拍手が続いた。

 ついでとばかりに多くの歓声も上がる。


「まだ、裁判は終わってないぞ!

 人類同盟はこんな結果認められない!」


「なんで!?

 なんでなのよ!

 こんなの絶対可笑しいわ!!!」


 エデルトルートと袁の声は、その他大勢の拍手と歓声に飲み込まれて、誰にも届くことは無かった。

 これでシーラは無罪放免。

 その後、スウェーデン本国からアルフの映像資料を送って貰って、国際連合と共同で調査を進めれば、諸問題が一気に解決。

 連合とシーラは賠償を請求し、俺達日本勢はダンジョン攻略の制限に対し白紙撤回を求める。

 良し、一件落着だな!

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