第四十話 助けられた命

「ふう、ようやく一段落でござるな」


 アレクセイと俺達によって強引に閉廷させた国際裁判。

 白影のNINJA力と国際連合の人盾戦術により、なんとかシーラを連れて国際連合の本部であるロシア連邦根拠地にたどり着くことができた。

 

「ああ、ここまでくれば人類同盟の手は届かないはずだ」


 アレクセイが椅子に腰かけて息を整えながら、皆を安心させるように言った。

 脱出の際、米英独伊の探索者を張り倒して注意を惹きつけた彼は、はたから見ても分かるほどボロボロだ。

 今回の件で人類同盟との確執はさらに深まってしまったが、彼はとてもスッキリした顔をしていた。


「ククク、いけ好かない奴らに一発入れることができたし、後は今回のけをたっぷりと搾り取ってやるだけだなぁ」


 アレクセイはとても楽しそうだ。

 それは別に構わないのだが、俺達の取り分を忘れて貰っては困る。


「アレクセイ、今回、俺達日本勢は随分とそちらに協力したんだが……」


 俺達が求めるものは、ダンジョン攻略における制限の破棄。

 国際連合と人類同盟が攻略を担当している末期世界と機械帝国への攻略制限撤廃だ。

 ダンジョンで得られる魔石資源や制覇時の特典など、俺達が欲しているものを手に入れるには、これは必要不可欠の条件。

 これだけは譲れない。


「日本人は本当にハッキリと要求しないんだな」


 ニヤニヤといやらしく笑うアレクセイ。

 白影の片手がニンニンポーズをとる。


「ああっ、いや、勘違いしないでくれ。

 俺は君達との仲を悪くするつもりはない。

 国際連合は今回の日仏両国からの支援に感謝し、出来る限りの便宜べんぎを図ろう」


 そう言って両手を上げるアレクセイ。

 

「俺達としてはダンジョンへの攻略制限協定の撤廃を要求したい。

 人類同盟へも同様に、それを要求して欲しい。

 それと、国際連合加盟国に残留している日仏邦人に対する優先的な保護を強く求める」


 できれば技術情報や最新兵器の譲渡も求めたかったが、欲張って彼らからの心証をいたずらに悪化させる訳にもいかないな。

 本命は攻略制限協定の破棄だが、今回ちょっとばかし日本の外交関係を悪化させてしまったので、最後に本国へのアピールも忘れないぜ!


 アレクセイは白影の方をチラチラ見ながらも、快く俺の要求を受け入れてくれた。

 うーん、この様子ならもう少し盛ってみても良かったかな?

 そう思いはするが、本命の要求を通せた俺はようやく一息付けた。

 そして、肩の荷が下りたことで、ずっと俺にくっついている娘っ子にも構ってやれる。


「トモメェ…… ぇぐ、トモメェ……」


 裁判会場となっていたドイツの根拠地から連れ出すことに成功したシーラは、先程から俺の胸に縋り付いてずっとこんな調子だ。


「よーしよし、よーしよし」


 背中を擦ってやるも、シーラに泣き止む様子はない。

 まあ、仕方ないか。

 20歳の少女が、人類の裏切り者という人類史でも類を見ないクッソ重たいレッテルを張られていたのだ。

 それも同胞を含む二人の殺人容疑付きで。

 普通なら間違いなくトラウマものだ。


「トモメェ、トモメェ」


 今回の裁判では、人類同盟は、いや、中華民国はシーラを処刑しようとしていた。

 それはこの娘も分かっていたはず。

 誰一人頼れる人間のいない中、大勢の悪意に晒されたていた彼女。

 時間にすれば二日にも満たない期間ではあるものの、彼女にかかっていた肉体的、心理的な負担は推し量れるものではない。

 彼女が負った心の傷を、俺に縋り付いて癒せるのなら安いものだ。


「シーラ殿、流石にくっつき過ぎではないか?

 年頃の女子として、恥じらいに欠けているでござるよ」


 そう言ってシーラを引き剥がそうとする白影。

 こんな時くらい止めてやれよぉ。


「うー、うー、うー」


 シーラは可愛らしくうなり声をあげて必死に抵抗している。

 その様子を見て、つい昔行った群馬サファリパークのコアラを思い出した。

 ふれあいコーナーで抱っこしてみたら、俺にしがみついて中々離れなかったんだよなぁ。

 飼育員の兄ちゃんが二人掛かりで離そうとしても、プギープギーと鳴きながら決して俺を離そうとしなかった群馬サファリパークのコアラ。

 あいつは元気にやってるだろうか?


「くっ、この娘、意外と筋力値が高いでござる!

 泣き姿に騙されていますぞ、トモメ殿!」


 敏捷以外は人間の域を出ていない白影は、シーラを引き剥がすのに苦戦していた。

 あれ?

 白影って俺よりも筋力値高いよね。

 つまり、彼女が引き剥がせないシーラの筋力値も、必然的に俺より高いことになるな。


 あれ、可笑しいな。

 俺って5つの階層を制覇して、かなりステータスは成長してるはずだよね?

 うわっ…… 俺の戦闘力、低すぎ……?


 俺が自分の貧弱ボディーに絶望している内に、シーラは白影に引き剥がされていた。

 ステータスの差が、戦力の絶対的な差でないことを教えられた気分だ。

 シーラの表情は白影への憎悪に染まっており、なんだかすっかり泣き止んでいるご様子。

 いやぁ、スウェーデン女性って逞しいんですね!


「…… トモメ」


 俺に見られていることに気づいたシーラ。

 一瞬で顔がバイキングから乙女に早変わり。


「えっと、その…… あのね、今回は助けてくれてありがとう。

 アルフも殺されて、誰も助けてくれないって思ってたから……」


 涙ぐむシーラ。

 白影との激闘を見てからは、なんとも判断に迷う。


「うぅ、伝えたいこと、沢山あるのに……

 なんでかな、言葉にできないや」


 裁判で見た時とは違う、光り輝くエメラルドのような瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が零れだす。

 とてもじゃないが、先程までバイキングのような表情で白影を睨みつけていた人物とは思えない。


「トモメ…… 私を…… 私を、助けてくれて、ありがとう!

 あなたは、私のヒーロー、よ」


 一気に近づく彼女の顔。


「ダーティシトォォォォォォォォォ!!!?」


 突然の急展開に、信じられないくらいのオーバーリアクションをするアレクセイ。


「ヒュー!!!」


 テンションが跳ね上がっている国際連合の愉快な仲間達。


「アアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」


 絶望的な叫び声を上げる白影。

 しかし、今の俺はそれら全てを気にする余裕もなく、ただ目の前に広がるシーラの顔しか意識になかった。







「このお礼は絶対するから……!

 じゃあ、また明日ね!」


 帰り際、顔を赤くしたまま可愛らしく手を振るシーラの姿が、自然と頭に浮かび上がる。

 日本の根拠地に戻ってきてからも、ついつい気を抜けば俺はあの時の情景を思い出してしまう。

 きっと、俺の顔は真っ赤だろう。

 今でもほんのり柔らかい感触が残っている右の頬。

 気づけば、そこを撫でている自分がいた。


「ぐんまちゃぁぁぁん、ぐんまちゃぁぁぁぁん」


「うわあぁぁぁぁん、トモメェェェェェ」


 早く明日に、ならないかなぁ。

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