第二十五話 唐突な必殺技

 大地の揺れと共に、巨大な地下要塞から出現したガンニョム。

 全高20mの巨人は、俺達を静かに睥睨へいげいする。

 黒光りする頑強な装甲に身を包み、巨大なトマホークを構えるその姿は、御伽噺おとぎばなしの巨人のように現実離れした光景だ。


 自分達とは存在の格が明らかに異なる存在。

 見る者の抗う心を圧し折り、ただ畏怖のみを叩きつけるその存在感を周囲に振り撒いている。

 科学とは違う、魔法という異なる技術体系が創りだした軍事技術の到達点。

 その一つが、俺達の前に立ちはだかっていた。

 

「とりあえず、爆破しとくか」


 俺はタブレットを操作して、あらかじめガンニョムの出現地点に投げておいたC4爆薬の遠隔爆破アプリを起動する。

 開幕ブッパは男のロマンだよね!

 画面の起爆ボタンをタッチ。

 瞬間、轟音と共にガンニョムの下半身が赤黒い爆炎に飲み込まれた。


 爆破の衝撃により陥没する大地。

 せっかく地面を割って出てきたのに、地下へ逆戻りするガンニョム。

 濛々と上がる黒煙は、心なしか絶望しているようなガンニョムを易々と覆い隠した。


「うひゃぁ、このダンジョンに来てから、ぐんまちゃんの花火が何度も見れて、流石に気分が高まります!」


「これがOMOMUKIというやつなのでござろうか……

 風流でござるなぁ」


 方向性は違うものの、イカレ具合は同等の感想を述べる二人。

 高峰嬢と白影は、刀一本で戦う超前衛職と範囲攻撃がデフォルトの火炎放射器という関係上、共闘するには相性が悪い。

 どちらかを突っ込ませたら、片方は支援に徹する必要があるだろう。


 敵はガンニョムで、当たり前だが素材は金属。

 白影の火力でもかしきることは可能だが、如何せんあれほどの巨体では時間がかかりすぎる。

 基本的に彼女は有機物相手には無類の強さを発揮するものの、金属相手には相性が良くない。


 一方高峰嬢は、なんか良く分かんないけど常に斬鉄剣を繰り出すうえに、チートスキルで相手の耐久をガン無視する俺tueeeの権化。

 彼女ならガンニョム相手でも、ちょっと大きな案山子かかしと変わらないだろう。


「よし、高峰嬢、突撃だ。

 白影は火力を絞ったカトンジツで、高峰嬢を援護してやってくれ」


「ヘイヘーイ、案山子斬りの時間ですよー」


「拙者、忍び故に主君の命令は絶対であるからな。

 仕方ないでござるな、忍び故に」


 解き放たれたサイコキラーのように駆け出していく高峰嬢。

 それを自己陶酔しながら渋々と追いかける白影。

 下半身が地面にスッポリはまったガンニョム。

 なんだろう、勝負は既に見えている気がする……


 何とか地面から抜け出そうとするガンニョムだが、自身に急接近する高峰嬢を発見するや否や、間髪入れずにトマホークを叩きつけた。

 巨大な金属塊による大質量攻撃は、容易く地盤を割って大地ごと敵を粉砕する。

 舞い上がった大量の砂埃すなぼこりにより、高峰嬢と白影の姿は見えない。


 普通なら彼女達の生存は絶望的だろう。

 地中貫通爆弾バンカーバスターのような一撃を至近で食らって、無事な生命体なんて存在するはずがない。

 しかし、不思議なことだが、俺は微塵みじんも彼女達の生存を疑わなかった。


 あの程度の攻撃で、彼女たちが死ぬはずがない。

 俺の心中で、そんな確信があったのだ。

 俺は彼女達の化物ぶりを知っている。

 笑いながら敵を燃やし、嗤いながら敵を斬り飛ばす、彼女達を知っているのだ。


 そして、俺の信頼は、ガンニョムの上半身を丸ごと飲み込んだ巨大な業火によって証明された。

 地獄の窯から漏れ出たかのような業火は、ガンニョムだけに飽き足らず、その背後に存在していたありとあらゆる物体を飲み込む。

 視界一面に広がる赤黒い炎。

 その炎を見て、金髪蒼眼の少女の顔が、唐突に思い浮かんだ。


 数十秒続いた業火が消えると、そこに存在していたのは醜悪な融けかけの蝋人形ろうにんぎょう

 後ろに広がる大地は赤熱した溶岩地帯と化しており、赤黒い光で空間を満たしている。

 地獄絵図とは、正にこのことだろうか。


 砂埃はとっくに吹き飛ばされており、純白の高峰嬢と、漆黒の白影が傷一つない姿を現す。

 今日はゴアモードにはまだ突入していないはずなのに、煮えたぎる溶岩の光に照らされて、朱く染まる高峰嬢。

 その姿はもはや人とも思えない。

 鬼人という言葉が何よりも似合っていた。


『ガアアアァァァァァァァァァァァァァァァァ』


 突然、ガンニョムから荒れ狂う獣の如き雄叫びが上がる。

 驚いたことに、ガンニョムはまだ死んでいなかった。

 不気味な音を響かせながら、不格好な両手を組み合わせて高々と掲げる。

 

『アッ! アッ! アッ! アッ! アッ!』


 こちらの心臓を握りつぶすかのような強烈な殺意が、周囲にき散らされる。

 あの両拳が叩きつけられた瞬間、今度こそ、間違いなく、その場にいる生物は生存を許されない。

 しかし、高峰嬢は、その場を動かず、ただ刀を静かに構えている。

 あの頭の可笑しい娘は、高々刃渡り1mほどの棒切れで一体、何を考えているのか!?


「おい、お前ら!

 何をしているんだ!?

 さっさと退避しろ!!」


『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


 掲げられた両拳が、満身の殺意を籠めて、振り下ろされる。

 未だ、動くことのない高峰嬢。

 白影までもが、カトンジツの反動なのか、膝をついている。

 俺の脳裏によぎる政治的大失態の六文字。


 いやいや、ちょっと待て! 

 ここに来てそれは非常に不味い。

 ダンジョン探索の難易度がルナティックを超越するし、例え勝てても社会的に殺されかねない!!

 お願い、待ってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!


「イヤァァァァァァァァァァ!?」




天之時てんのとき 地之利ちのり 人之和ひとのわ 是則これすなわち 一之太刀いちのたち




 俺の魂からの叫びは、両拳ごと真っ二つに両断された哀れな巨人の姿によって、応えられた。


 ………… えっ?

 なにあれ?

 突然の出来事に、俺の頭が付いていかない。

 今まで戦闘能力は可笑しかったけれど、一振りで鎌鼬かまいたちを作ったり、刀からビームを飛ばしたりといった物理法則的に無理のある攻撃は行わなかった高峰嬢。

 ここにきて、俺の物理法則への信頼が急速に崩れ始める。


「ふぅ、久しぶりに大興奮したので、ついつい必殺技が出ちゃいましたよー」


 えっ、高峰嬢って、必殺技持ってるの?

 何の脈絡もなく発覚した衝撃の新事実に、俺は震えた。

 そして俺の中の常識に、ファンタジーが混じりだした。


 へー、人間って必殺技出せたんだー!

 すげー!!

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