第二十六話 私の朝

 血走った眼光、剥き出しの牙、睨み殺さんばかりの狂相。


『ガアアァァァァァァ』


 緑肌の醜悪な怪物、ゴブリンが私の喉笛を噛み千切ろうと、大口を開けて飛び掛かってくる。

 雑な攻撃、私には届かない。

 ゴブリンは私に掠ることもできず、首を斬り落とされた。


 ——上——


『悪魔めぇぇぇぇぇぇ』


 直感に従い頭上を見上げるのと同時に、脳裏に直接響く強烈な憎悪。

 3対の翼をもつ天使が、槍の切先ごと急降下してくる。

 遅すぎる、私に届く訳がない。

 天使の身命を賭けた一撃は、槍諸共斬り捨てられることで呆気なく地面に墜ちた。


『ギギギギギィィィィィィ』


 耳障りな金属音とともに、大きいだけの木偶が私に巨大な剣を叩きつけようとしていた。

 頭部にある二つの赤い光は、私に向けて強烈に光っている。

 単調、私に届くはずがない。

 ただ地面を叩き割っただけの剣は、持ち主が達磨になったことで、主同様のガラクタとなった。


 周囲には敵の残骸が転がり、動くものはもういない。

 私が振り返ると、男の子が苦笑いを浮かべていた。

 見たこともないこの場所で、いつも一緒にいるたった一人の同胞、仲間、相棒。

 彼の姿を見ると、心が安心感に包まれる。


 いつも通り、私は勝ちましたよー!

 私が駆け寄った途端、彼は蜃気楼のように消えてしまった。

 どこ、どこ、どこ、どこにいるの?


 彼の姿を探しても、辺りには残骸が転がっているだけ。

 心が急激に冷え込んだ。

 どことも知れない場所で、私は独りぼっち。

 狂ってしまいそうになるほどの、絶望的な孤独感が私を侵食する。


 襲ってくる衝動のまま、思いきり叫び続けても、現状は何も変わらない。

 視界がだんだん朱く染まる。

 朱、朱、朱。

 朱で埋め尽くされる視界の中、血に飢えた獣のように、闘いの狂騒が心を満たす。


 体が血を求めている。

 耳が敵の断末魔を恋しがっている。

 心が敵の蹂躙を欲している。


 あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。


 狂った私の前に、いつの間にか一抱えもある樽が置かれていた。


——開けるな!!——


 直感が強烈な警鈴を鳴らす。

 でも既に狂っている体が、勝手に樽を叩き割った。


 朱黒い液体で満たされた樽の中から、大きな塊が転がり落ちる。


「……ぁ……あ…………た、か………み…ね……………」


 彼がポッカリと空いた二つの伽藍洞を私に向ける。

 いや。

 彼の体から零れ落ちるモノは、私にとって見慣れたモノ。

 いやぁ。

 彼は苦しそうに、私の名前を呼ぶだけ。


 いや、いや、いやぁ、いやあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!




 ——夢——


 私の朝は、どうしようもない絶望と、直感に教えられる安堵感で始まる。




 はぁ、はぁ、はぁ……


 荒い息を、ゆっくりと落ち着かせる。

 汗がしみ込んだパジャマが、肌に張り付いて気持ち悪い。

 目からはポロポロと勝手に涙が出てくる。


「………… しゃわー」


 口に出さないと動けない体が恨めしい。


「今日も…… 最悪…………」


 シャワーが全て洗い流してくれたらいいのに。




「ぐぅぅんぅぅまぁぁぁぁちゃぁぁぁぁぁん、あぁぁさぁぁでぇぇすぅぅよぉぉぉぉ」


 俺の朝は、乙女の呼び声で始まった。

 30秒毎に鳴り響く人力アラームをBGMに、手早く身支度を整える。

 髭を剃ってから着込むのは、上下の野戦服。

 歯磨きや装甲服などは、朝食後に行うのが俺の定番だ。


「おはよう高嶺嬢、今日も素敵な朝だな」


 扉を開ければ、そこにはいつも通り、朝から元気な高嶺嬢。

 相変わらず、戦闘前は詐欺のように清純派美少女だ。

 片手にお玉を持ったさり気ない女子力アピールが、とてつもないあざとさを醸し出す。


「ぐんまちゃん、おはようございます!

 朝ご飯、出来てますよ!」


 そう言って、高嶺嬢はニコリと笑った。


 高嶺嬢を伴って食堂に行くと、既に従者ロボ6体が席についていた。


「おはよう」


 俺の挨拶に、従者ロボは一礼で返す。

 いつのまにやら食事を摂るようになった彼らの前にも、俺達と同様の朝食が用意されている。

 彼らを見るたびに、かがくのちからってすげー、って思う今日この頃。


 食前の挨拶をし、高嶺嬢お手製の完璧な和風朝食に手を付けた。

 ふむ、今日の主菜はアジの干物か。

 旨味がしっかりと閉じ込められるように焼き上げられた干物。

 口の中で凝縮された旨味が溢れ出す様は、正に味の玉手箱やー。

 アジだけに!


「ねえ、ぐんまちゃん」


 ひたすら無心で箸を進めていると、高嶺嬢が不意に話しかけてきた。

 珍しいな。

 彼女は朝食の席で口数が多い方じゃない。

 むしろ朝食中は無言を貫く、俺と同じスタイルのはずだ。


「美味しいですか?」


 続けて出てきた言葉は、なんてことのない、ただ朝食の感想を求められただけだった。

 いつも食後にちゃんと伝えているのだけど、それでは足りなかったのか?

 これからは食事中もこまめに言った方が良いのだろうか?


「美味しい」


 俺がそう言うと、高嶺嬢はニヘラ、と表情を崩した。

 いつもそうだが、彼女の考えていることがいまいち分からないなー。

 まあ、いいか。

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