第十五話 初めてのボス戦
目の前に
第1階層を制覇すべく、ダンジョンの最奥部を目指していた俺達の目の前に、その扉が立ち塞がっていた。
無人機の偵察結果を見ても、この扉以外の区画は全て探索されている。
ただこの扉だけが、何者の侵入も許さずに鎮座していた。
ダウンしているスウェーデンコンビ以外の全員で押しても、扉はビクともせずに道を閉ざしたままだ。
これがゲームやアニメなら、何らかの仕掛けがあるだろうが、悲しいことに現実ではそんなものは無い。
もしあるにしても、俺達探索者側が使用できるものではないのだろう。
「これは流石に力尽くではどうにもならないな」
言外に疲れたからもう帰りたい意思を込めて、高嶺嬢に視線を向ける。
道中で手に入れた大量の魔石は、呼び寄せた無人機に回収させたお蔭で、荷物こそ少ないものの、度重なる戦闘は確実に俺の体力を削っていた。
しかし、俺の心の声が届いていないのか、本日の討伐数1000オーバーの高嶺嬢は、じっと扉を見つめていた。
いや、彼女が見ているモノは巨大なだけの扉ではない、その奥に潜むナニカをずっと見つめている。
「――― みぃつけたぁ」
背筋が凍るような声が聞こえた。
本能レベルで恐怖を感じる愉悦が込められたその声は、驚いたことに高嶺嬢が発したものではなかった。
「みつけた、みつけたみつけたみつけたミツケタミツケタミツケタミツケタミツケタ」
延々と繰り返される声は、扉の向こうから聞こえる。
状況から考えて、この声の主は人の言葉、というか日本語を話すモンスターだ。
だって、索敵マップに赤い光点が表示されてるしな。
何故ピンポイントに日本語を離せるかは謎だが、大方、高嶺嬢が盛大に虐殺している影響だろう。
そして、おそらくこのモンスターは馬鹿みたいに強いはずだ。
むしろ、ここまで雰囲気を煽って弱かったら詐欺だと思う。
高嶺嬢に瞬間首チョンパされる可能性もなくは無い、いや、5割くらい有り得そうだが、
いや、きっと強い、俺はそう信じてる!
「かえろっか」
とりあえず日本政府後援の重課金プレイで、チート装備を購入した後にまた来よう。
「ニィガァサァナァイィィィィィ」
そう思っていた瞬間が、俺にはありました。
ガッ、ガッ、ガッ、ガッ…………
押しても引いても微動だにしなかった重厚な扉が、何かを叩きつける音と共に、ベコベコに歪みだした。
スウェーデンコンビは、そそくさと被害の及ばない隅の方に避難している。
何だかんだで、彼らも逞しくなったものだ。
俺も高嶺嬢とロボットを連れて、扉から距離を取った。
見た感じ、俺達がダンジョンの最奥部付近から入り口部分に戻る前に、この扉は破られるだろう。
その後に敵が俺達に追いつけるかは分からないが、今後のダンジョン探索でコイツと不意にエンカウントするなんてゾッとする。
戦闘の要、というよりもほとんど全てといっても良い高嶺嬢は、刀を持った右手をダラリと垂らし、無形の構えで戦いが始まる時を悠然と待ち構えている。
全身ゴアモードですらなければ、美術館に飾られる絵画のように感じられただろう。
残念ながら今の姿では、飾られるのは『世界のサイコキラー展』くらいなものだ。
不意に、高嶺嬢の口角が、獰猛に吊り上った。
同時に、限界を超えた扉が、衝撃音と共に倒れる。
土煙の向こうから現れたのは、腕が異様に肥大化した巨大なオーク。
口から涎を垂れ流しながら、白一色の瞳をこちらに向けていた。
「初めまして、そして、さよーなら!」
「ブヒィィィィ、ニガサナァァァイイイィィィィィィィ」
言葉と同時に、お互い駈け出していた。
『プギィィィ』
最初の激突は、巨大な拳と朱い大太刀。
激突は一瞬、高嶺嬢は強大な力を受け流しつつも、懐に入ってデップリと肥えた贅肉を斬り捌く。
『ニガサナイィィィィィィ』
自身の腹が切り裂かれるのも構わず、オークは彼女に掴みかかるが、迫りくる手を交わした彼女が、オークの首を一瞬で斬り飛ばした。
白い瞳の生首が宙を舞う。
瞬殺とは流石にいかなかったが、呆気なく勝ってしまった。
いやあ、あのオークは強敵でしたね。
「――― くっ」
戦闘に勝利したはずの高嶺嬢が、一気に飛び退る。
次の瞬間、彼女が先ほどまでいた場所に、オークの拳が叩きつけられた。
衝撃で割れたダンジョンの地面が、その威力を物語っている。
「ヘイヘーイ、ずいぶん愉快なサプライズじゃないですかー」
頭を失った巨体は、依然として戦闘力を保っていた。
「達磨にしてあげますねー!」
そこからはただの解体作業だった。
易々と首チョンパかました高嶺嬢にとって、ちょっと硬いだけの四肢を斬り飛ばすなぞ、造作もない事だ。
いや、かえって無駄に硬い四肢を持ったことは、オークにとって悲劇でしかなかった。
目の前に転がるのは、もはや達磨ですらなくなったただの肉塊。
四肢を斬り落とすのに苦戦した高嶺嬢によって、全身のあらゆる肉が削ぎ落とされ、大部分の臓物が切り刻まれていた。
そのような有様になっても、未だに脈動する無事な器官が、敵の異常な生命力を証明している。
しかし、どれほど強靭な生命力を持とうと、四肢の無いただの肉塊が、埋め込まれた魔石をナイフで抉り取ろうとしているロボット達を止める術はない。
「おっ、取れたみたいですよー」
見れば、美少年の手に大きな魔石が抱えられていた。
肉塊はただの死骸となった。
「トモメ、戦いは終わったかい?
俺もうお腹が空いちゃったよ」
「トモメ、私もうシャワーを浴びたいわ」
スウェーデンコンビはいつの間にか復活を遂げていた。
良かった、いやあ、本当に良かったよ。
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