第十四話 地獄とトラウマ

 そこは、地獄だった。


『グオオオォォォォォォ!!』


 猛々しい喊声かんせいと共に、猛然と突撃するオーガとオークの混成部隊。

 彼らの背後からは、フレイムウルフに騎乗したゴブリン騎兵隊が、機動力を活かし敵の横から殴りつけようと、一糸乱れず円を描くように回り込む。


『ピョォォォォォォォォォ』


 上空からは、ハーピー、ガーゴイル、大蝙蝠の連合航空部隊が、急降下突撃を繰り出してくる。

 そして彼ら、魔物連合軍の背後には、翼を持たない竜、レッサードラゴンに騎乗するコボルト親衛隊に守られた巨大な狼男が、自身が力を振るえる時を、静かに待っていた。




 そんな軍勢に立ち向かうのは、たった一人の乙女。

 純白だった外套に身を包み、その手には一本の刀だけが握られている。


「ヘイヘーイ、今宵の私は血に飢えてますよー!」


 その身を朱に染めながらも、敵に一歩たりとも退かぬ意思を口に出す。

 彼女を中心に周囲一帯は真紅に染め上がり、まるで領土であるかのよう。

 ちなみに今は昼前だ。

 

「さー、虐殺の時間です。

 皆殺してあげますよー!」


 自信を奮い立たせ、少女はたった一人で敵の軍勢に駈け出して行った。




「オロロロロロロロ」

「オロロロロロロロ」


 アルフとシーラのスウェーデンコンビは、盛大に吐き散らかした。


「よーしよし、よーしよし」


 俺は彼らの背中を擦ってやるが、容体は悪化の一途を辿っている。

 本来ならば、新鮮なもんじゃ焼きの悪臭で、強制的に俺ももんじゃ焼き作りに参加しているところだが、幸いなことに今は悪臭なんて気にならない。

 俺達の周囲は、もんじゃ焼きの悪臭を容易にかき消すほどの濃密な血と贓物の臭いが充満していた。


 臭いだけではない、飛行機が空中戦をできるくらい巨大な空洞は、その地面が見えないほどの死体が転がっている。

 空洞内の遠くの方では、高嶺嬢が絶賛追加の死体を量産していた。

 どうやったのかは分からないが、頭を失ったドラゴンの巨体が宙を飛んでいる。

 飛べないレッサードラゴンが、死んでからようやく空を飛べた感動の瞬間だ。


「二人とも見てみなよ、ドラゴンが空を飛んでいる」


 俺の言葉に釣られて、もはやもんじゃ焼きを作ろうにも材料が尽きていた二人は顔を上げる。

 運が良いのか悪いのか、ちょうどその時、高嶺嬢の方から何かが飛んできた。


グチャッ!


 ソレは勢い良く落ちたが、下に敷き詰められていた肉布団のお蔭で原型は留めている。

 巨大な狼男の生首は、恐怖に支配されたかのように目が見開かれたままだった。

 やたら大物感を醸し出していた巨大狼人間も、高嶺嬢の前では噛ませ犬にすらなれなかったようだ。


「オロ、オロロロロロロロ」


「イヤ、もうイヤァァァァァ」


 生首と目が合ったのか、アルフはもんじゃ作りを再開し、シーラは涙と鼻水を垂れ流しながら俺に縋り付いてきた。

 

「よーしよしよし、よーしよしよし」


 少しでも彼らが楽になれるよう、俺は彼らを擦りまくるしかしてやれることが無かった。




「ふー、流石に1000体斬りは疲れますねー」


 魔物軍団の殲滅を見事にやってのけた高嶺嬢は、手頃な椅子、巨大狼男の生首に腰を下ろす。

 流石の彼女も、完全に軍隊として統率された魔物の相手はお疲れの様子だ。

 疲れて首を垂れる彼女の視線が、いつもの如く腸が飛び出ているオークの死体に止まる。


「ぐんまちゃん、今日の御夕飯はモツ煮込みにしましょうか?」


 なにを思ったのか、高嶺嬢が夕食の献立の話を振ってきた。

 彼女の視線は、零れ落ちたオークの腸に止まったままだ。

 モツ煮込みは嫌いではないが、材料次第では流石の俺ももんじゃ焼き作り不可避だろう。


「魔物のモツじゃなければ、何でも良いよ」


「ふふ、なんですかぁ、その冗談!」


 俺の発言を冗談と受け取った高嶺嬢が、可笑しそうに笑う。

 彼女を見つめる俺の目は、間違いなく本気の色を浮かべていることだろう。


 思いの外ツボに嵌ったのか、クスクス笑い続ける高嶺嬢から目を逸らし、膝を抱えてうずくまっているアルフと、俺の背中に抱き縋っているシーラに目を向ける。


 明るく社交的な好青年だったアルフは、太陽の下に放り投げられた引きニートの様に自分の殻に閉じこもってしまった。

 一方、日本に渡航経験が5回もあるアクティブな日本かぶれだったシーラは、俺の背中にすっかり依存してしまって、背中に引っ付いて離れない。


「やれやれ、軟弱な西洋人には困ったものですねー」


 高嶺嬢の言葉に流石の俺も苦笑い。

 きっと大抵の人間は、彼らと同じ反応をするよ。

 君とまともな人間を一緒にしてはいけないな。


「さて、休憩もしましたし、ダンジョン探索を続けましょー」


「………えっ」


 どうやら高嶺嬢は、こんな状態の彼らをさらなる地獄に突き落とすようだ。

 彼女に慣れてきた俺もドン引きの、あまりに鬼畜な所業だった。


「なんだか気分も上がってきました。

 この際、ボス部屋まで突撃しましょー!」


 俺にとっても、地獄が始まった。

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