第七話 青年は戦いの無残さを知る

 扉の先は、巨大な空洞だった。

 剥き出しの岩盤は、所々ぼんやりと薄い緑色に光っており、何処となく神秘的な雰囲気を感じる。

 そして地上には各国の国旗を模った発光パネルが存在感をここぞとばかりに主張していた。

 各発光パネルの下には扉が設置されており、巨大な空洞内にそれらが200近く並んだ光景は、神秘的な雰囲気を問答無用で吹き飛ばしてくれる。


 もちろん俺達が通ってきた扉の上には、白地に赤い円、我らが日の丸が、盛大に光り輝いていた。

 開きっ放しだった扉は俺達がある程度離れると勝手に閉まっていき、閉まりきった後にガチャン、と施錠したかのような音が鳴った。


「私達がドアノブに触れば、勝手に鍵が外れるので大丈夫ですよ」


 高嶺嬢が見た目に似合わない気遣いをみせてくれる。

 できればダンジョンに連れ出す前にそれをみせて欲しかったよ。


「この空洞には化け物共は踏み込めないようで、ここからでなくちゃ戦えないんですよねー」


 そう言いながら高嶺嬢は俺の手を掴んだまま、空洞から唯一繋がっている道にズイズイと進んでいく。


「高嶺嬢はここに来てどれくらい経つんだい?

 あと、そろそろ俺帰っていいかな?」


 ミッションはすでに達成されているので、もうお家に帰りたいんですが。


「ヘイヘーイ、そう言わずに付き合って下さいよ。

 今日目が覚めて、そのままここに来たので10時間くらいですかねー」


 どうやら俺と同時に来ているらしい。

 それにしても彼女の姿はもちろん、痕跡すら見つけられなかったので、言葉の通り、目覚めてからすぐにダンジョンへ向かったのだろう。

 すげえよ、お前。


 俺よりも早くに目が覚めただろうし、彼女が持っている刀やマントは、特典の『すごいKATANA』と『かっこいいマント』か。

 武器庫や防具倉庫に刀とマントが無かった以上、それくらいしか思いつかない。

 最初に起きた奴は特別に2つ貰えるとかだろう。

 俺の従者もどこかにいるはずなので、彼女の特典がどこにあったのか後で聞いておくことにしよう。


 遠くにある様に感じられた空洞の出口も、気づけばあっと言う間に通り過ぎてしまった。

 今はどこまでも続いていると錯覚してしまう薄暗い道を歩いている。

 整地されていないデコボコな地面には、点々と赤黒い汚れがずっと先まで真っ直ぐに続いていた。

 おそらく俺の手を掴んで離さない女から垂れている液体の跡だ。

 本来なら視界の確保に苦労するところだが、俺には暗視装置があるので隅々まで良く見える。

 今、それを少し後悔していた。


 道に転がっている大きな岩や分かれ道があるたびに、正体不明の醜悪な化物の惨殺死体が無造作に放置されている。

 あまりにも呆気ないモンスターとの初遭遇だった。


 苦痛に歪んだゴブリンの生首、腹を裂かれはらわたをぶちまけているコボルト、手足を切り落とされて達磨だるまになったオーク。

 様々な魔物が無残に殺されている。

 高さ5mはある天井まで赤黒く染まっており、彼らの血飛沫がいかに盛大だったかを物語っていた。


 高嶺嬢はそれらを道端の石ころとでも思っているのだろうか、歩みを緩めることもなく道を進んでいく。


『ガアアアアァァァァ』


 何本目かの分かれ道を通り過ぎた時、突然、凄まじい雄叫びが後ろから聞こえた。


「っ!」


 慌てて振り向くが、分かれ道の物陰に隠れていたであろうコボルトが、鋭利な爪を振りかざして間近に迫っている。


「ヘイヘーイ!」


 そして高嶺嬢に真横から斬り飛ばされた。


グチャリ。


 壁に叩きつけられたコボルトの上半身と下半身が、ズルズルと壁を赤く染めながら地面に落ちていく。

 地面に落ちたそれらは、ピクピクと痙攣しながらも断面からはらわたが零れ出す。


「まだまだ御夕飯には時間がありますし、ガンガン行きましょー」


「そうだね」


 とりあえずこの女と一緒にいれば安全であることは分かりました。




 魔物の放置死体や時々襲ってくる魔物の解体ショーを眺めつつ、高嶺嬢に連れられて辿り着いた場所はスタート地点と同じくらい巨大な空洞だった。

 あそこと違う点があるとすれば、空中で飛び回っている蝙蝠の翼を持ったひょろいゴブリンのような魔物ぐらいか。


 急降下して襲い掛かってくるそれらを、高嶺嬢は嬉々として刀で叩き斬ったり、素手で引き千切ったりしている。

 俺はその光景を空洞の隅っこにあった岩の陰に隠れながら眺めていた。


 念のために背負っていた26式短機関銃は、サプレッサー(減音器)を装着して安全装置を解除しておく。

 まあ、銃を撃ったこともない素人が、空中を飛び回る敵に弾を当てることなんてできないだろうが、万が一を考えてだ。


 魔物を次々と惨殺していく高嶺嬢の様子を見るに、俺が銃を撃つ機会なんてなさそうだが。

 魔物は仲間が殺されるたびに集団での突撃、多方向からの強襲、地面スレスレでの超低空突撃などの様々な戦法を繰り出してくるが、高嶺嬢はそれらの戦術を真正面から蹂躙している。


 彼女の無双シーンを眺めるだけかと思っていた俺だが、空を飛んでいた魔物の中でも一際大きな体をした個体が俺の隠れている岩に向かって降下しだした。

 俺は急いで頭を引っ込めて岩陰に体を隠す。


 もしやバレタのかと思ったが、そういう訳ではないらしく、そいつは俺の隠れている岩の上に降り立つと、同族を蹂躙する高嶺嬢に向かって大きく口を開けた。

 驚いたことに、そいつの口の中に向かって光の粒子っぽいものが急速に集まりだす。

 粒子が集まるにつれ、そいつの口の中に生成された緑っぽい光の玉が成長していく。


 これはあれか、ビームとかエネルギー弾とかのそっち系か。


「ヘイヘーイ、どんどん降りてこーい!」


 高嶺嬢に未だ気づく様子は見られない。

 俺はそいつの後ろから、そっと銃口を3mと離れていない位置にあるそいつの頭に向けた。







「――― いやあ、最後は凄かったですね!」


 数時間はいた気がするダンジョンから扉を通って生活スペースに戻った時、高嶺嬢は労いの言葉と共に空洞での戦いを振り返る。


「一番大きな魔物を木端微塵にして、本当に汚い花火を咲かせるなんて流石です!!」


 あの時、大技を出そうとした魔物に向けて撃った弾は、見事にそいつの頭部に命中した。

 そりゃあ、あれだけ至近距離で連射したら流石に当たる。

 ただ、問題は当たった後だった。

 

 頭に銃弾が命中したことでそいつは即死したであろうが、口の中に貯めていたエネルギーはなくならなかったらしく、そいつの口の中で暴発したのだ。

 その結果、汚い花火が咲いてそいつの体液を真正面から浴びることになってしまった。

 おかげで今の俺は、真正面は返り血で真っ赤。高嶺嬢と大差ない状態になってしまっている。

 新品だった装甲服なども盛大に赤く染まっており、洗濯して落ちるか非常に心配だ。


「私、上野さんと一緒にシャワー血の雨を浴びられて大満足です!

 いえ、もう私達は戦友、これからは上野さんなんて他人行儀な呼び方じゃ失礼ですねー。


 改めて、これからよろしくお願いしますね、ぐんまちゃん!」


 高嶺嬢がなんか言っているが、気にしないことにする。

 それよりも端末のミッション画面を確認しよう。


『ミッション 【初めてのダンジョン】 成功

 報酬 42式無人偵察機システム 6機 が 受取可能 になりました』


『ミッション 【初めての情報収集】

 無人偵察機にダンジョンを哨戒させましょう

報酬 無人機用共通規格バッテリー 72個

依頼主:日本国文部科学大臣 小泉貫太郎

コメント;総理の孫をよろしく!』


「えっ?」

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