第六話 初めてのダンジョン

『ミッション 【初めてのダンジョン】

 装備を整えてダンジョンに向かいましょう

報酬 42式無人偵察機システム 6機

依頼主:日本国国土交通大臣 石破仁志

コメント;くれぐれも慎重に、行って帰って来るだけで良い』


 という訳で、やってまいりました!

 俺の目の前にはダンジョンに繋がるだろう扉が鎮座している。

 場所は生活空間のちょうど中心部分にある十字路の様になっている場所。

 

 ミッションのコメントを読むに、政府はまだ本格的なダンジョン探索は望んでいないのだろう。

 報酬が無人機であることを考えると、本格的な探索は自分でやらずに無人機で行うことを希望しているのだと思う。


 今回は報酬目的で、本当に行って帰って来るだけで良さそうだ。

 今までの対応から予想通りではあるものの、政府としては出来る限り俺に危険な真似をさせたくないのだろう。


 さて、ダンジョンへの扉だが、困ったことに4つ存在していた。

 扉にはそれぞれ特徴的な意匠が施されている。


 恐ろしい雰囲気の化物や異形の人型。

 洗練された雰囲気の武装した人に似た種族。

 どこか廃れた雰囲気の天使と神らしき存在。

 かっこいいロボット。


 どれもが易々と踏み込むことを許さない威圧感を放っている。

 特にロボットはやべぇ、一つだけ画風が違う!


 とりあえずロボットだけは無いとして、他3つの中から最初に足を踏み入れるダンジョンを選ばなければならない。

 どれが一番無難だろうか?


 この時、暢気に下らないことを考えていた俺が愚かだったのだろう。

 俺は、扉を開けるのは自分であると、勝手に思い込んでいたのだ。


「さーて、どれにしよーかなー?」


 そんな舐めきった言葉が口から出た瞬間。



バン!



 化物や異形の人型が描かれた扉が、突然開いた。

 ……開いてしまった。



「ひょぇ!?」






「ひょぇ!?」


 突然の奇襲、俺は間抜けな声を出すしかなかった。

 昨日までバリバリのインテリ大学生であった自分では、銃を構えることも、逃げ出すことも、何もできなかった。

 しかし、幸いなのだろうか、扉を開けた存在は、阿呆面を晒す俺をどうすることもなく、ただ俺を見つめているだけだ。


 アカ

 ソレの印象は、朱としか言いようがない。


 元々どんな色だったのかは分からない。

 ソレは全身が朱く濡れていた。


 どれほど鼻が利かなくとも、脳裏まで侵してくる鉄の臭い。

 命の臭い。

 死の臭い。


 全身を朱く染める中、ソレの瞳だけが爛々と存在を主張している。

 おぞましい狂気を放つその瞳は、俺だけが映し出されていた。




 ああ、死にましたね、これは。

 上野群馬の大冒険 完!



「――― こんにちは!」


 上野群馬の英雄譚 完!!


「あれ?…… こんにちは!!」


 上野群馬の伝説 完!!!


「こーんーにーちーはー!!!」


 強烈に鉄臭いソレは、わざわざ俺の耳元までやってきて馬鹿みたいなデカい声を出しやがった。


「こんにちは」


 これ以上放置すると、冗談抜きに耳の鼓膜が破れかねない。

 とりあえず挨拶を返すと、ソレはようやく得られた反応が嬉しかったのか、ニタリ、と口角を吊り上げる。

 こわい。


「ようやく反応しましたね!

 まずは初めまして、私の名前は高嶺華たかみねはな、ピッチピチの現役JD女子大生!!

 これからあなたと一緒に化け物共を抉り潰すなんてワクワクしちゃう!!

 よろしくお願いしますね!」


 そう言って笑みを向けてくる絵面は、間違いなくグロ画像……いや、ゴア画像だが、どうやらコイツは俺と同じ人間らしい。

 それにしても『化け物共を抉り潰す』ね、何だかんだで探索がメインかと思いたかったが、ガッチガチの戦闘物のようだ。

 コイツ、高嶺嬢の様子を見る限り、盛大に汚い花火をぶちまけることになりそうだが、今は気にしまい。


「初めまして、高嶺嬢。

 俺の名前は、上野群馬こうずけともめ、君と同じ大学生だ。

 残念ながら戦闘はあまり得意ではないが、まあ、お手柔らかによろしく頼むよ」


 声が震えそうになるのを、腹に力を込めて何とか抑え込んだ。

 しかし、高嶺嬢は俺の自己紹介を聞いて可笑しそうに笑った。


「ふふふ、ずいぶん謙虚な方なんですね。

 そんな殺ル気満々な恰好だと、説得力ないですよー!」


 抜身の刀を片手に持ちながら、もう片方の手を口元に添えて上品に笑う高嶺嬢には恐怖しか感じない。

 近くで見ると身長は俺より小さいし、顔の輪郭も端正だと感じるが、それを魅力に思えるほどの余裕が俺にはなかった。

 彼女の足元に広がる血溜まりを見て、廊下にカーペットが敷かれていないのを安堵することしかできない。

 

「折角お会いしたのですし、このまま一狩ご一緒しませんか?

 いえ、是非行こうではありませんか!」


 彼女は俺の答えも聞かずに、空いている手で俺の手を掴んだ。


 ヌチャリ。


 国防軍の思いやりが詰まった新品の戦闘手袋が真っ赤に染まる。


「ちょうど私も、汗とかで気持ち悪かったんです。

 さあ、一緒にシャワー血の雨を浴びましょう!」


 セリフだけなら魅力的な言葉と共に、俺の初めてのダンジョン探索が強制的に始まった。

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